紅く燃える月に、くゆる白煙が映える。

 靡く包帯の先、紅い弾丸は蝶が揺らめく背を見つめていた。時々こうして、また子の主君は少し虚ろげに月を見上げる。つかみどころのない、しかし常に空を斬り裂きながら生き続ける男の領域に踏み入れられる気はしなかった。

 ―――けれど、男の眼の中には映っている。また子には見えない、何かが。

「晋助様」

 また子の声は、朧月夜が浮かぶ甲板に響いた。

 僅かにも動かない背中を見据えながら、また子は続ける。

「………」
「お身体が冷えるッス。中に入ってください」

 ふう、とまたひとつ息が吐き出された。
 また子の声が届いているのか否か。それも今はわからない。

 煙管の火は、もうすぐ消える。その視線の先には、一体何があるのか。思い募らせては、いら立つばかりだった。主君を縛り続けるものを、断ち切りたい。全てを壊す理由を突き止め、確信したかった。


 高杉晋助は、孤独であると。



 ●○●


「これで四人目か………」

 丸い月に、薄雲が霞む夜だった。

 御用提灯に火が灯り、数台のパトカーが取り囲む。現場には第一発見者である見廻中だった奉行所の岡っ引き、そして近藤率いる真選組が調査に当たっていた。

 連続辻斬り殺人。痕跡はなく、あるのは血に塗れた遺体だけ。悲鳴すら聞こえることはなく、一思いにばっさりと斬られたらしい傷痕だけが、痛々しく残っていた。ついに被害者は四人を超え、ついに市中見廻りは隊長格のみの出動となった。

「で、奴さんの尻尾は掴めそうなんですかィ」

 遺留品を眺めながら近藤に振り返ったのは、非番の部下――梅を引きずり出してここまで連行した主犯、沖田だった。梅は心底不服そうに、隊服のスカーフを巻きなおしている。どうやら身支度の時間さえ与えられなかったらしい。

「てんで駄目だ。これはアレだな、迷宮入りだな」
「考える気無いなこの人」

 あっさりとした近藤の物言いに、飽きれた梅がぽそりと零す。

「共通点も無いんですか?」
「奉行所の岡っ引きに酔っ払い、物乞いに浪人……共通点があるように思うか?」
「謎が解けましたよ―――――共通点は、人間です」
「ぶっ殺すぞ」
「イタタタタタ」

 土方によって頬を片手で鷲掴みされた梅は、ぶんぶん腕を回して無理やり振りほどいた。梅の頭は良い方ではない。土方も梅もわかっている。

「しばらく夜の見廻りは各隊の隊長、副隊長の二人で実施する」

 土方の一言に、それぞれが頷き意思を確かめ合った。仮に実力行使に出なければならない場合、腕があるにこしたことはない。堅い判断だと梅は頷いた。

 遺留品を眺めていた沖田がおもむろに立ち上がる。
 今日の担当は一番隊だ。早速出るのかと思い、梅もまた沖田のほうへと身体を向けた時だった。

「梅」
「はい」

 沖田の視線が真正面から突き刺さる。思わずごくりと生唾を呑み込むと、沖田の表情は一変してしまりのないものへと変貌を遂げた。

「今日お前見廻りな。俺明日行きまさァ、今日落語心中あるんで。じゃ後よろしく」
「いや待て待て待て待て」

 ガッと冲田の肩を掴み制止させた梅は、目の前で起きている理不尽に頭がついていかない。いつものこととは言え、非常事態という言葉に対してもこの男はお構いなし我が道を爆走するのである。

「勘弁しろよォ、俺録画嫌いなんでさァ。リアルタイム派なんだよね」
「さっきの話聞いてました?ペアって言われましたよね、隊長副隊長のペアで見廻るって」
「俺とお前はペアでありシングルだろィ。いつだってロンリーウルフ貫いてきたお前が辻斬りごときでアイデンティティ失っていいの?お前はそれでいいの?」
「ロンリーウルフ貫いてきたつもりもアイデンティティにしたつもりもねーわ!仕事ですよし・ご・と!!副長命令に背いたら士道不覚悟で切腹ですから!!局中法度で決まってますから!!ね、土方さんそうですよね!!」
「あー、うん多分」
「適当かよォォォ!!従わせる気ゼロかよ!!燃やしちまえそんな局中法度!!」

 勢いよく振り返った梅に、土方は煙草の煙をくゆらせながら相槌を打つ。ほとんど聞いてない土方に、梅の怒りのボルテージは振り切った。再び沖田の方へと向き直るべく、つま先をくるりと翻し―――

「とにかくいいですか隊長、今日は私と一緒に市中一周―――――」

 そこにいたのは、沖田のアイマスクをつけさせられた神山だけだった。『こんばんは、沖田隊長ダヨ』と似ても似つかない声マネをした神山のアヌスに突き立てられるは、山崎の腰元から強制的に抜き取った刀だった。『ギャァアアアアア』という山崎の悲鳴と、『あ゛あぁっぁああああ』という神山の断末魔が響き渡るかぶき町を、梅は静かな怒りの波動を胸に歩き出したのであった。



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