意外すぎるその任務内容を聞いた時、なまえは何度も聞き返した。 なまえの隣で煙草をふかす土方もまた、面倒臭そうな表情を浮かべる。沖田は先程からずっと真顔で「ずっっっる」と言う言葉を繰り返していた。 「節句の祭事が無ければなまえちゃんと俺でも良かったんだがなァ。俺は局長として出なきゃならんし、総悟は直々にお上から警護役の御指名が入っちゃってるし………」 四月下旬、そよ姫が京都の朝官の元へ出向く公務が舞い込んだ。緊急性も高く、更には警護役としてしっかり務めあげられる役職者、及びそよ姫の傍警護ということもあり、女性隊士の指名が入ったのである。 当日江戸でも五月の節句における催し事があり、近藤と沖田はそちらに出向かなければならなかった。消去法で白羽の矢が立った土方となまえは、本当に私達だけなのかと何度も確認したのである。 「何せお忍びだからなァ。上からは若干名と言われてる。ま、いいんじゃないか二人で」 「で、でも京都ですよ?私京都とか行ったことないですし………地理とか何にもわからないですし」 「トシが何度も出張行ってるし」 「ずっっっっる。仕事の笠着た京都旅行じゃねェですかィ」 「俺達は終わったらとっつぁんがうなぎ食わせてくれるってよ」 終始沖田は不機嫌だったが、仕事は仕事。土方もなまえも、お上からの要請とあれば二つ返事で了承しなければならないのだ。最終的にはいく羽目になるとわかっていつつも、真面目で頑固な土方とのほぼ二人旅という内容に、なまえはなんとなく気が重かった。 ●○● 「ほんっとうに、ごめんなさい!」 天下の将軍様の妹君が、手を合わせてこちらに頭を下げていることへの衝撃と驚きで、なまえはその場にフリーズした。 その背後に見える白い隊服が、益々状況の混乱を煽る。 「じいやがね、既に見廻組にお願いしてたみたいで………それを私は知らなくて、他の用人に真選組にお願いしてって言ってしまったの。それがさっきわかってね」 「あ、あああ頭あげてください姫様」 なまえは大慌てでそよ姫に頭を上げるよう申し出る。そよ姫は眉尻を下げて何度も何度も「ごめんなさい」を繰り返した。 「つまり、貴方達に仕事はありません。姫様の警護役は我々見廻組が務めますから」 「………………」 見慣れた白い隊服に、土方の青筋がびきっと浮かび上がる。佐々木の隣で、ちらりと信女が視線をなまえへとうつした。つい最近やり合ったばかりだからか、あまりにもその空気は凄まじく悪かった。数年換気していないアパートの角部屋くらい悪かった。 「帰って頂いて結構ですよ、ヒマ方さん」 「誰がヒマ方だァァ!!」 「落ち着いてくださいヒマ方さん、姫の御前ですよ!」 「お前あとでぶっ殺すからな、絶対ェぶっ殺すからな」 佐々木はそう言うと、至極スマートな動きで御用車にそよ姫を案内する。つまり、もともとそよ姫の傍仕えであるじいやから見廻組に依頼していた警護役と、姫が他の用人を通じて真選組に依頼した警護役の仕事がブッキングしたのである。 そして今回は見廻組がその任を勝ち取ったというわけだ。つまりもうこのまま帰ってしまっても問題は無い。なまえは内心大腕を振って喜んでいた。 お上御用達旅籠の前、御用車が去っていくのを土方となまえはぼんやりとながめていた。 顔を見合わせると、そのまま旅籠の中へと舞い戻る。着替えてさっさと帰ろうと、お互い言葉を交わさずとも分かり合ったはず―――だったのだが。 改めていつもの着流しと着物姿に着替えて外へと出て早々のことだった。ハッと気が付いたなまえが、土方へと向き直る。タクシーを捕まえて駅まで戻ろうと、土方が大通りの方向へと歩き出した瞬間である。 「今日何月何日ですか!?」 「あ?何だ急に。五月五日だ」 「お誕生日じゃないですか!!土方さん!!」 何してるんですかこんなところで、と何故か物凄い剣幕でブチギレているなまえに、土方は煙草に火をつけようとしていた手を無理やり掴まれる。自分よりも幾分か下にある頭のはずが、目の前にあるような気分になるのは、その気迫の所為だろうか。 「お誕生日って………この年になったらもうそういうのはねェよ。さっさと帰って寝れりゃあそれでいい」 「ダメですよォ!!!」 「い゛って!!踏んでる踏んでる!!足踏んでるからお前!!」 土方に詰め寄ったなまえは、そのまま彼の手を引きずんずんと歩き出す。大通りに出ると、そのままピコピコとスマホを操作し始めた。どうやら観光スポットを割り出しているらしい。………こいつそんなに誕生日とかイベントにこだわる奴だったっけ、と思いつつ、土方はなまえが落ち着くのを、煙草に火をつけながら待っていた。 「…………気は済んだか」 「済んでません。まずは食べ歩きからですね」 「えっ、」 土方はなすがまま、なまえに連れられるがまま歩きはじめる。京都有数のグルメスポット、河原町。デパートや店が立ち並んでいるが、一歩脇道に逸れれば昔ながらの細い小路がたくさん通じている。 ―――昔とっつぁんに本場の芸者遊びを教えてやる、とか言って連れていかれたか。 そんなことを思い起こしながら、地図アプリを片手に右往左往しているなまえをみかねた土方が、溜息を一つついた。 「あれ……現在地表示がグルッグルしてるんですけど………私達今山の中にいることになってるんですけど………」 「………ったく、しょうがねェな。ついて来い」 土方はなまえの前へと出ると、八坂の方へと向かって歩き出す。神社をいくつか回れば気が済むだろうと思いつつ、久しぶりの京都の街並みを感じたい気持ちも多少あった。 「土方さん、詳しいんですねぇ」 「昔何度か来ただけだ」 「京都に詳しい男の人って、遊び人な感じしますよねェ〜〜色々知ってんのかなァみたいな」 「かぶき町に詳しい男のがやましい遊び知り尽くしてるだろうが。お前の保護者しかり」 「銀ちゃんは駄目です、お金ないですもん」 そう言うと、なまえは下駄を鳴らしながらどこか嬉しそうに隣を歩く。初めて見る京都に眼を輝かせていた。 ………久方ぶりの休日をコイツと過ごすことになるとは。 一つ屋根の下ともに暮らし、毎日その顔を見ていると言うのに、場所が変わるだけでなんとなくかしこまった気もしてくる。 「あ!!おだんご!!おだんご食べたいです!!」 露店を見つけたなまえが、先を走って行った。 みたらし団子の焼ける良い香りがして、なまえはさっそく巾着から財布を取り出した。「二本ください」と、まだ土方が何も言わないうちに店先のおばちゃんに伝えていた。 「ええねぇ。カップル?それとも兄妹?」 「いや、俺達は………」 「兄妹です」 「は!?」 人の良さそうなおばちゃんだった。 そのままみたらし団子の串先を紙に包んでいるおばちゃんに、なまえは堂々と言ってのけた。驚いた土方の声など聞こえていないのか、おばちゃんは優しそうな笑みを浮かべてみたらし団子をふたつ、差し出した。 「そうなん?あんまり似てへんからカップルちゃんかと思うたわ。………お兄ちゃん男前やなぁ!」 「そうですかァ?あ、今日誕生日なんですこの人」 「あらぁ〜!おめでとうさん!ほんならこれ持っていき。うちの揚げまんじゅう」 ………あっという間に持たされた揚げまんじゅうを手に、なまえはほくほく顔で再び歩き出す。その手にはみたらし団子が握られており、昼食のことなど一切考えていないらしい。 「……誰が兄妹だよ」 「あはは、似てないって言われちゃいましたね。確かに似てないな、私こんな眼つき悪くないです」 「うっせ、ほっとけ」 土方は早くも溜息をつくと、なまえに倣ってみたらし団子を頬張った。ほのかなしょうゆの香りと、甘いタレが口の中いっぱいに広がる。………たまに食べると美味い、と無心で食べた。マヨがあればもっと美味かった、と思いながら。 「土方さん、あれって祇園ってやつですか?」 「ん………ああ、そうだな」 「ってことは舞妓さんいますか!?」 「まだ昼間だろ。いねェよ」 河原町から一本逸れた道。 花見小路と呼ばれる石畳のその通りは、京都の舞妓や芸妓が席を置く多くの置屋が立ち並ぶ。日が暮れ始めると、その日の座敷に向かう舞妓たちの姿が見えることもあるが、今はまだようやっと日が昇りきった正午過ぎ。 「………行くか?」 「はい!!」 仕事もそれくらい元気に返事してやってくれたら、と一瞬思ったが、なまえに言っても糠に釘であることはわかっている。 石畳を踏みしめた瞬間、なまえは嬉しそうに土方を見上げた。 「舞妓デビュー出来ちゃうなコレ」 「お前みたいなのが来たらその場でクレーム入れるわ」 京の街は、江戸の街と違って風情と趣がある。 建物一つ取っても、古いものを長く大切にしてきた洗練された美しさを感じるし、何より歩いている人々の雰囲気も落ち着いていた。 「本当に、落ち着いた街ですねぇ。パトカーのサイレンも聞こえないし、爆発音も聞こえません」 「こうも違うもんかねェ………つーか爆発音に関してはお前の上司の暴走だけどな」 「土方さんの部下の暴走ですよ。そこ間違えないでください」 噂をすればなんとやら。 ブブブ、となまえのスマホと土方のスマホが同時に震える。 嫌な予感がして不意に電源をいれると、ディスプレイには『近藤勲:総悟とうなぎ食べてるよ☆』という文章と、沖田が美味そうにうなぎを頬張っている写真だった。真顔の表情が恐ろしく見えるが、あっちはあっちで楽しんでいるらしい。 「あ、じゃあ私達も写真撮って送りましょうよ!」 「は!?やめとけよ、仕事してる体になってんだぞ今」 「言えばいいじゃないですか。手違いで一日ヒマ方になりましたって」 「お前なァ………」 「はい、撮りますよ………はい、マヨネーズ!!!」 なまえは精一杯腕を伸ばすと、土方と自分、そして花見小路の街並みが見えるよう撮った。なまえの背後で煙草をふかす土方は仏頂面だったが、手前のなまえは満面の笑みである。 しばらくして、ブブ、とスマホが揺れた。 『なまえ:しごとくびになったのでひじかたさんとでーとしてます』 慌てて打った所為で変換がうまくできていなかったが、二人の写真には既読がみっつ。土方はその多数の誤解をまねきそうな文章に頭を抱えたが、遠く離れた地だ。バズーカは飛んでこないと、開き直るだけだった。 → |