―――行きたいとこないんですか。

 少し遅めの昼食をとっている時だった。湯豆腐をつつきながら、土方は半日を振り返る。
 千本鳥居が見たい、二寧坂でお土産見たい、おもかる石持って重いか軽いか確かめてみたい、湯豆腐食べたい、抹茶が飲みたい、エトセトラ。

 はしゃぎまくるなまえを連れ、二寧坂を歩いた後千本鳥居を見に行った。二寧坂では転んだら二年以内に死ぬと言われているのにも関わらず、慎重に坂を上るなまえの足を、土方は後ろから引っ掛けた。当然その場で転んだなまえは、半泣きで「死ぬ!!!死ぬぅぅう!!」と繰り返していた。土方は声を殺して爆笑した。

 七味唐辛子を買って、千本鳥居を見に行った。
 「マジで千本あるのか数える」とカウントし始めたなまえだったが、120本目あたりで土方が「256」と全く嘘の数字を呟いたら、「156………あれ………」と正しい数字が数えられなくなり終了した。

 そしておもかる石は、どうやらなまえにとっては死ぬほど重かったらしい。

 「願いごと叶わないかもしれないですね私………」と肩を落としていたが、おみくじを引いたところ大吉が出たので既におもかる石の重さは忘れてしまったようだった。

 そして現在、湯豆腐を食べながら最後の観光スポットを捜しているのだ。生憎、帰りの新幹線は午後八時過ぎ。既に旅籠の荷物は明日着に設定して屯所まで送ってしまっている。現在時刻は三時を過ぎたところだった。

「土方さんが行きたいところ全然行けてないですよ。私一人楽しんでますよ。土方さんの誕生日」
「確かにな。途中からお前の引率だったな」
「土方さんの誕生日なんて在って無いようなもんですけど、それにしても申し訳ない気持ちになっちゃいます」
「オイ言葉に気をつけろ。あと夜道にも気をつけろ」

 最後の湯豆腐を土方の器にぽてっと落としたなまえは、「お誕生日ですから」と何故かドヤ顔で言ってのけた。豆腐一つ譲っただけでこのしてやったり感である。恩着せがましさだけは上司の色を受け継いでいるらしい。

 ふいに、土方はとある光景を思い出した。
 遠い記憶の彼方の話。するりと揺れる亜麻色が、武州の竹林の真ん中で、此方を振り返り笑っていた。


「……………竹林」
「え?乳首?」

 
 なまえの聞き間違いに、土方は無言でなまえの残りの豆腐にマヨネーズをぶちこんだ。「ギャアアアアア」と断末魔を上げるなまえを無視して、土方は呟く。

「嵐山の竹林。有名だろ」
「ちくりん………えっと………あ、これですか?」

 スマホで検索エンジンを呼び出しパチパチと入力すれば、一瞬で嵐山の写真が出て来た。長い竹に覆われた小路。趣のあるその場所は、土方もまだ行ったことのない場所だった。

「ここからタクシーで二十分くらいですよ!行きましょう!!」

 そう言うと、なまえはがたっと立ち上がった。土方はくすりと笑うと、その背中をゆっくり追った。―――引率の先生もさることながら、意外に今日と言う日を楽しんでしまっている自分がいた。

 なまえとふたりで出掛ける、物珍しいだけでどこか当たり前のような気もした。だがまた今日みたいな日が来ることはあるだろうかと、ふと考える。


「待てコラ!普通に奢ってもらおうとしてんじゃねェぞ!」


 店の外でにやりと笑ったなまえが、足取り軽く歩き出した。


●○●


 到着したタクシーに運賃を払うと、爆睡していたなまえをとんとん、と起こす。

 起きる気配を見せないなまえの頬を片手で掴みあげると、「んぼぉっ………」という何とも奇妙な声を上げて飛び起きた。

「はっ………もうつきました!?」
「おう、お前がただ飯くらって昼寝してる間にな」

 嫌味をぶん投げながら煙草に火をつける。
 細い小路の向こうに、生い茂る竹林が夕焼けの光に染まっていた。

 時間帯が時間帯なだけに、自分たち以外に数名の拝観者しかいない。なまえは楽しそうに竹林の中へと入っていくと、「土方さぁぁあん!」と風情もへったくれもない様子で土方を呼んだ。

「すごいですね、一面の竹!たけのこご飯食べたくなってきますね」
「確かにこんだけあったらたけのこもたくさん採れ………ん゛ん゛っ、お前な、ちったァ静かに鑑賞できねーのか」
「たけのこご飯好きですよね土方さん」
「たけのこご飯を嫌いな奴はいねェだろ」

 なまえの発言に引っ張られた土方に、なまえはにやりと笑うばかりだった。

 ―――同じ女でもこうも違うか、なんて。
 思い起こす女は、ただひとり。
 淑やかで、繊細で。でも力強く生きていた。

 沖田は姉のような女を見込むかと思えば、連れて来たのは行き倒れの物騒な少女。けれど力強く地に足つけて生きる姿は、自分が好いた女と同じだった。

「なんでここに来たいって思ったんですか?やっぱたけのこですか?」
「違ェよ、んなわけあるか」

 なまえの問いかけに、土方は腕組みをした指先を羽織の袖に仕舞い込む。まだ花冷えのする春の夕暮れ。

 あの日も丁度、この季節だったかと思った。
 一度だけ、本当に一度だけ。

 ミツバを連れて出かけた道は、武州の竹林の散歩道だった。嵐山ほど大きくなく、間引きもされず雑に茂った竹ばかりだったが。それでも、連れ出してきてくれたことが嬉しかったのか、ミツバは最後まで楽しそうに笑っていた。

 最初で最後の、二人きりの逢瀬。
 

「………好きなんだよ、竹林が」


 おもむろに煙草を取り出した手を、ひっこめる。今日はあの頃と同じ歩幅と背丈で竹を眺めるのも、悪くない。


「よっぽど好きだったんですねぇ」

 
 どこか含みのあるなまえの言葉。一瞥すると、その口角が僅かに上がっていた。その頭をこつんと小突くと、土方はなまえの数歩先を歩いた。

 赤い夕焼けが宵闇に吸い込まれていく。
 ふたりはそのまま黙って、竹林の小道を歩いた。

 浸る思い出は少ない。

 けれど、これから先を生きていく自分達には、ひとつひとつと増やすことは出来る。そのひとつがまさか、なまえとの思い出になるとは思わなかった。土方は自嘲じみた笑みを浮かべると、そのまま振り返ってなまえを呼ぶ。


「早く行くぞ、チビ助」



●○●


「…………ったく」


 新幹線の車内で、爆睡ぶっこくなまえの頭は土方の肩の上に乗っていた。

 どうにかこうにかずらせないかと試行錯誤してみたが、その重たくなった頭が引っ込むことは無く。口をあけて眠る姿は、酷くあどけない。ほかの十八歳と変わらない、まだ幼気さが残る横顔。

 こうしていれば、そこらを歩くごく普通の十八歳の少女と何ら変わらないのに、なまえの傍らにある刀が“ごく普通”にさせなかった。

 むにゃむにゃとなまえの口許が動く。


「ひじ、かたさん、………」


 瞑られた目が、開かれることは無い。
 夢でも見ているのだろうか。
 一日、主役より楽しんでいたなまえが、身じろぎしながら呟いた。


「おたんじょ、び………おめでとう………ございます………」


 思わず喉を鳴らして土方は笑った。

 移り行く景色を眺めながら、もう何度目かも覚えていない誕生日が過ぎていく。隣で眠る少女の重みを、しかと左肩に感じながら。




誕生日おめでとう。for土方十四郎!
#土方十四郎生誕祭2018
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