横浜事変

Aの要請により開かれた緊急会合。そこには首領と幹部である尾崎紅葉、準幹部である薫子が集まった。中也を始め以下準幹部は緊急故に出席は出来ず、会合を終えてから薫子が連絡する手筈になっている。
会合はAの一言から始まった

──「ドストエフスキーを捕らえる事に成功致しました」

自らの勝利を確信し、首領と薫子に笑顔を向けるAと対照的に紅葉は冷めた視線を向ける。もしもAが狙い通り情報を吐き出させ、マフィアの利となれば組織内の誰もが薫子との縁談を祝福せざるを得ないのだから。
言わずもがな、紅葉は反対なのである。薫子には中也のような、彼女が信頼を寄せる男と幸せを築いて欲しかった

先に退室したAを恨めしげに見送ると紅葉は「善いのかえ?」と首領に問う。それは信用ならない男に任せるのかと、そして、このままでは薫子を本当に奴にやらねばならなくなるぞ、と二つの意味を含んでいた。

「なに、果たせなければそれ迄の男だという事だよ。お手並み拝見といこうじゃあないか」

「……。
薫子は?このままで善いのかえ」

「紅葉の姉様、此度の縁談に私の意思は関係ありませんよ。」
「お主に何の得もないのにか」
「…得ならあります。
というより、つい先程思いついたのです。」
「ほう?それは何かね」
意外そうに首領が問う。だが薫子は形だけの笑みを浮かべて躱す
「少々お強請りを。
大した事では御座いませんが、面白そうな子を見つけてしまったので」

企むような含みのある物言いに紅葉はやれやれと息を吐いた。


それは子飼いの情報屋からAについて報告が上がった時だった。彼が誘拐屋なる男達を雇った事、その誘拐屋と接触した子供の話。そこから過去、Aが何処ぞで集めてきた部下達の情報…
…ああ、この子は良いかもしれない
その直感にも似た確信に薫子は直ちに算段をつけた。あとはAが愉しい船旅を終え、戻ってくるのを待つのみである。

だが、Aは二度と戻ってくる事はなく。薫子が欲しいと望んだ子供も、冷たい骸となる事をこの時薫子は当然知る由もなかった。




”それ”は何時もの如く、横浜を張り巡る網の端に掛かった小さな出来事だった。
無関係に思える幾つもの予兆・事件も薫子の手によって一つ一つのカードになっていく。其れは時として組織を救い、そして或個人には破滅を与えた
「──私です。薫子よ
貴方の報告にあった件。面白いわ
追加調査をよろしく」

通話を終えると薫子は椅子から立ち上がると執務室から眼下を見下ろす。──紅葉の姉様からの粋な計らいは鏡花に届いたかしら。…アレはきっとあの子の扶けになるだろう。

鏡花の両親は我々と同業だった
紅葉の要請を受け、不自然に抹消された記録を洗い、特務課の郵送経路を探し出したのは薫子である。きっと紅葉ならばそうするだろうと、報告と同時に郵便夫の制服を差し出すと、紅葉もニヤリと笑い何も云わずに向かって行った。紅葉程でなくとも薫子とて鏡花を可愛がっているのである。
そんな可愛い子の為なら一肌脱ぐのも嬉しいものだ

「ふふ、」
そうだ、今日はハンバーグにしよう
晶と一緒に作るのも楽しそうだ
お子様ランチのように小さな旗をつけるのも悪くない。あの子はきっと喜ぶだろう


上機嫌なまま、薫子は執務室を後にした








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