枕戈待旦

重力因子が宙を舞い、異形の者が対峙し合う森林地
温い寝床から抜け出し、自らの身体を乗り換えた晶はその頭上で事の成り行きを見ていた。

ずっと晶は薫子を”見ていた”
長崎で見つかったのを教訓に雀や烏、犬…憑依する生物を変え、決して薫子に分かる事のないように後を追い続けた。ここ、横浜という土地には、晶が憑依し易い大きさの生き物が溢れていた事も功を奏したのである。
横浜へ連れられてから、その足で港へ向かった薫子の足取りも、先日横浜中が大混乱に陥った時も。今日の緊迫漂う密会も。晶はずっと薫子を見つめている。そうしなければ、きっと薫子は晶の知らぬ間に死んでしまう。そんな不安を晶はいつでも抱えている
自ら進んで危険な目に遭っていく薫子が見ていられなくて、引き止めるように声を上げても無駄だった。薫子は、晶を生き続ける理由にはしてくれない
その理由がさっき、漸く分かった

──”たった一つ、願った事”

死ぬ場所を求めている彼女は、きっと信じているのだ。事切れる寸前、その刹那に”作之助さん”と会える事を。夢霞の幻覚と分かっていながら、それでも希求せずにいられない

なんて深く、痛々しいまでの愛だろう


それでも、晶は
それを知っても尚、薫子を死なせてやる事は出来ないのである
それはただのエゴで、ただの願望だ
晶の中にあるのはたった一つ。薫子には生きていて欲しい。ただそれだけなのだ


戦闘が終わり、辺りが静かになった所で黄色い金糸雀はその場所に降り立った
地面に突っ伏して寝こけているのは”中也”だろう。薫子によく電話を掛けてくる人物だ。だが、それには見向きもせずに晶は痩身の男と向き合った
薫子の兄・太宰治
晶に兄弟はいなかったからよく分からないが、四年も会わずにいた兄妹の淡白な再会を鳩に憑依した晶は見ていた
似通った顔立ちに濡れ羽色の髪。だが軽薄そうな表に隠された剃刀のような鋭さが晶の生存本能を刺激した
しかしそんな晶の様子など知る由もなく。
太宰は突如姿を現した金糸雀を微笑みさえ浮かべて見ている

「君は異能力者だね
どこの組織の者だい?」

問い掛けられても人間のように言葉は話せない。金糸雀は鳴くことは出来ても音を発声する器官がないからだ
薫子に通じるからといって兄の方も心得があるとは限らないが、それでも自由に外へ出られない晶は別の生物の躰を借りるしか術がないのである。
晶の少しの迷いを沈黙と捉えたのか太宰の目には昏い光が帯びる
「偵察なら隠れたままにしておけば良いのに姿を現したのは何故かな?
…もしかして今日の密会で感じた視線も君かい?」

薫ちゃんにだってバレていなかったのに。
しかもちょっと怖い
わたしはこの人にただ、薫ちゃんの事で協力してもらいたかっただけだ
だから意を決し、淡い期待を込めて肩口へ飛び乗った。モールス信号を打つなら固い地面より柔らかい布地の方が伝わり易いと考えた為だった
憑依した生物との意思疎通の手段として、あの男から教わった事が今になって役立つとは思いもしなかったが、晶にはこれしか方法が思いつかない

しかし、布地の上に着地した瞬間に伸びてきた手が金糸雀の躰を掴んだ。何をするのだ、と羽根で抗議しようとしたその瞬間に掠れていく視界と意識に晶はただ困惑した


「…え?」
意識が浮上した先は自分の身体だった
慌てて鳥籠を確認しても金糸雀はいない
太宰治の手の中に取り残されてしまったのだ
…どうしよう、
突然の離別に晶は酷く狼狽えていた


「おい太宰!!
一体どうしたらQの代わりに鳥を持って帰る羽目になるんだ!」
平時と変わらずソファーに寝そべる太宰を国木田が一喝した

「鳥(それ)は灰かぶりが落として行ったガラスの靴だよ」

「……?
また変な茸でも食ったか」
「…全く。国木田君は情緒がないなあ
昨夜、Qの監禁施設に現れた金糸雀だよ
戦闘中も身動きせず見てるだけだったから放っておいたんだけどね」
「…他組織の者か」
「うーん…それも考えたんだけど
一つだけ心当たりがあるんだ。確証はないけど」

飄々と云ってのける男に国木田はやれやれと嘆息した後云い放った

「お前がそう云うならコレは任せる
だから責任を持って貴様が世話をしろ!!」




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