short | ナノ
愛しきイルマン


これの続き



「仕置きだな」



その言葉に硬直したのは一瞬。それから猛スピードで後ずさった。何で急にそんな事を言い出すのかな!?理解できないよついでに言うなら私なにもしてないよ?してるのは君達だから!あの性転換事件から三日。未だに帰れない私は色々と焦っていた。何に焦っているかって?先ず勝手に屋敷を出てきたこと。そして戻らないこと。これについて私は悪くない。そして此処、無神家にいること。最後に奴等の薬の効果が切れるのが今日だと言うこと。全て引っ括めると私の死亡予定しか見えてこないのだ。泣いたところであの六兄弟のことだ。嬉々として私を苦しめることだろう。あ、シュウは面倒くさがって動かないかもだけど。とにかく恐怖に色々と焦って頭を悩ましていた矢先にルキの危ない発言。もう私のメンタルはボロボロだ。後ずさって距離を取ったはずなのに何時の間にかルキが目の前に立っている。こう言うのって卑怯だ。初めから逃げられないのだと悟らされる。



「る、ルキ…何で仕置き?私、何もしてないし……」
「ふっ、自覚なしか」
「いや、だって記憶にない」



ああ、何かヤバイぞこれ。私が避難していたソファーの上に膝をついたルキがそのまま乗ってくる。完全に逃げ場を無くした私を見下ろしながら彼は笑うのだ。悪い意味で。覆い被さるように上半身を折ったルキが私の頬を優しく撫でてくる。本当に分からないのか?そう問われて必死に頷く。本当に分からなかったし、何時もと雰囲気が違うから戸惑ったのもある。何より本能的に危険だと警鐘が鳴り響く。



「仕方がない。教えてやろう」
「あ、はい」
「今、お前の目の前にいるのは誰だ」
「ルキ、だけど…」
「だが、考えているのは逆巻の奴等の事だ。お前は俺の事だけを考えていればいい」
「っ……」



手を取られたかと思えば、指先に絡められる舌。ちらりと見える赤い舌に、先程の言葉を意識してしまえば顔に熱が集中する。カッと上がった体温にすぐに気が付いたのか。温度のない冷たい指が頬から首へと伸ばされる。ひやりと冷たいそれに思わず声が漏れた。



「体温が上がって脈も速まったな」
「………」
「普段、吸血をされても大して変化がない唯にしては珍しい。お前は本当に俺の興味を擽る」
「もう離れてよっ……」
「何故だ?今のお前は羞恥に頬を染め、男を誘うように濡れた瞳で俺を見上げている。引き下がる道理がない」
「それはルキが変なことを言ったから…!」



恥ずかしい恥ずかしい。赤くなった顔を隠すように自由な手の甲を口許へと引き寄せる。それを阻むようにルキはもう片方の手へと自分の指を絡めてくる。もう本当に色々と逃げ出したい。頭の中から六兄弟による報復の恐怖は完全に消え去っていた。頭の中はもうルキのことで一杯だ。加えて手が自由になったかと思えば、額へとキスが落とされていく。その擽ったさに身を捩っても逃げられそうになかった。もう無理ホント無理。恥ずかしくて死にそう。きゅっと唇を噛み締めると同時に部屋の扉が開かれた。



「ねえねえ、ルキくーん。彼奴ら来たんだけど…………おっ邪魔しましたー」
「待て待てっコウ!何その笑顔!?しかも語尾に音符が付きそうなテンションやめて!」
「……コウ」
「ごめんねー、ルキ君。邪魔するつもりはなかったんだけどさぁ。来ちゃったから言った方が良いと思ってさ」
「来たって…まさかっ!」
「逆巻の奴等だろうな」
「やめてその冷静な声!あわわっ殺される…!!取り敢えず早く退いて!逃げる教会に駆け込む!」
「お前の足の速さでは掴まるのがおちだ」



それを言うなバカ!漸くとルキから解放され、部屋の隅まで逃げるとそう声を張り上げた。大体、人間とヴァンパイアじゃ運動能力自体が違うんだ。逃げられるはずもない。…って何で最初から諦めてんの私。絶望から床を叩いていると、ふわりと唐突に浮く体。半ば停止した思考のなか、顔を上げれば直ぐ近くにルキの顔がある。どうやら俗に言う姫抱きをされているらしい。うわぁあああ視界の隅でニヤニヤ笑うコウが憎たらしいっ!元はと言えば、お前のせいじゃん!?



「お、降りるっ…!」
「暴れるな。窓から落とされたいのか?」
「すいません大人しくします」
「それでいい。お前は俺に従順でいればな」



本気で窓から落とされたら堪ったものではないので素直に謝っておいた。だってルキの足が真っ直ぐ窓に向かっていたから。人間、自分の身が可愛いのよ。つい落とされまいと首に回していた腕をほどき、大人しく運ばれるままに任せた。だが、このまま運ばれて奴等の元に連れていかれても窓から落とされるぐらいのリスクを背負うことに後になって気が付く。…うん、もうね?終わったよね?色んな意味で終わったわ。取り敢えず死んだら夜な夜なコウの枕元に立って祟ってやるんだ。外に出れば、三つ子と末っ子の姿。上の二人はいないらしい。たぶんライトはからかい半分に着いてきたのだろう。残り三人の怒りに満ちた表情が怖くて仕方がない。カナトにヒステリック起こされたらもうダメだ。あの精神的に来る嫌がらせと来たら…。目も合わせないように明後日の方向を見ていれば、再び感じた浮遊感。ルキによって放られたのだ。いやいやっないない!!ドサリッと衝撃を感じたが、痛みはない。閉じていた目を開ければ、スバルが受け止めてくれていた。お、おおう…こ わ い。



「テメェ…」
「お、落ち着こうよ!ねっ!?これには理由があるの!元凶はコウなんだよ!!」
「でも、いれたのは唯でしょー?」
「元はお前のせいじゃん!!挙げ句、人のこと拉致っておいて何なの!?」
「言い訳はいりませんよ。この僕をよくも…よくもっ!!」
「取り敢えずお前は半殺しにしてやっからな。覚悟しとけよ」



あはっ、もうダメだ。ライトの野郎、爆笑してるけど笑えないよ笑えない。アヤトから半殺し宣言受けたけど、あいつは加減出来んのか。そのままお陀仏になるのが関の山じゃん。と言うか何時まで私、スバルに姫抱きされてんの。降りたい降りたいよ。だけど、込められた力が存外に強くて抜け出せそうにない。加えて無言で睨んでくるから動くのを止めた。誰か助けてくれ、この状況から。若干、泣きそうでいると不意にルキが目の前に移動してきた。そして上半身を屈めたかと思えば、奪われる唇。あまりに唐突だった故に思考が完全に停止してしまう。コウとライトの囃し立てるような口笛だけが聞こえてくる。



「次は帰すつもりはない。俺に拐われる日を待っていろ」
「な、な……」
「…おい。こいつは俺のだ。手ェ出してみろ。殺すぞ」
「なら、せいぜい逃げられないように気を付けておけ」



だらだらと冷や汗が流れて止まらない。殺気と言うか何と言うか。もう、ね?今までで一番怖いよ。恐怖で硬直した私はもう気絶してしまいたかった。頭上から聞こえてくる舌打ちに無意識に身をすくませる。私をここまで追い込んだ張本人は笑みを浮かべて此方を見ていた。そのせいか再び舌打ちを漏らしたスバルが地面を蹴る。今日はタイミングが良いのか悪いのか満月だ。このまま帰るつもりらしいので私の退路は完全に断たれたようだ。うん、祟る人間を一名追加だ。

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