不条理を哀す | ナノ
君は何も分かっていない



「あー、もう良いから」
「ですが、悠稀様…!」
「下がれ」



きつく睨み付ければ、群がっていたメイドがさっと退いていく。ああ、本当に面倒くさい。何がお披露目会だ。そんなもの勝手にやってろ、私を巻き込むな。強制連行された上に勝手に準備を整えられたが故に不機嫌だって言うのに。何も分かっちゃいない。背後から近付く足音の主を振り返り、睨み付けた。



「随分と不機嫌なようだね、深凪の姫」
「…その呼び方は、やめろ。こんな事をしてる暇なんて私にはない。もう知ってるだろ、協会が殺気立ってる理由を」
「勿論、知っているよ。だが、これもまた必要なことだ。君の存在を多くの同胞に知らせなければならないのだからね」
「優先事項とは思えないな」
「大切な事だよ。数少ない純血種の役割を忘れたわけではないだろう?」



純血種は、多くの魔族を統べる者。その意志に反する者は、そう多くはない。何故ならば、絶対的に力では勝てないからだ。そうやって力で同族をも牽制し、頂点に立つたった一握りの種。私が人間を襲うなと言えば、大抵の魔族は命令に従うだろう。だが、そうしなければ逆に奴等は野放しになる。管理されているとは言え、それを掻い潜る奴等もいるのだから油断ならない。先日の一件があると言うのに夜会に出る気分にもなれないが、ハンターと懇意していることを示しておけば牽制にはなるだろう。そこまで考え、苦々しげにカールハインツを睨んだ。何処まで計算して行動しているんだか。



「美しい顔が台無しだよ。表情に出るところは君の父君にそっくりだ」
「そんなこと知らない」
「ふふっ、そうだったね。もう始まる時間だ。今宵、集まった貴族の殆どが君の登場を待ち兼ねているはずだから行きなさい」
「…顔を見せた後は勝手にやらせてもらうから」



笑みを絶やさない相手に苛立ちを感じながらも、その横を通り過ぎた。生きている純血種は数少なく、更に活動をしているとなると数はもっと少なくなる。多くの純血種は果てなき生に疲れ、眠りにつくことを選んだ。もしくは死んだかのどちらかだ。カールハインツよりも長く生きた者は殆どが前者であるがために魔界を牛耳るのは奴だ。奴以上に力がある者は、始祖くらいだろう。まあ、その始祖は表舞台に立つ気はないみたいだし、あの人は傍観していることを選んだ。本当に誰かが早く奴の息を止めてくれれば良いのに。溜め息を吐き出しながら、ざわつく扉の向こう側を睨み付けた。沢山の吸血鬼の気配が蠢いてる。気持ちが悪い。行きたくない。そう思ったところで仕方がないことだ。我慢をしろ。重たい扉を押せば、直ぐに向こう側から扉が開かれる。視界を埋め尽くす吸血鬼に無意識に舌打ちが漏れていく。扉を開けてくれた拓麻の手を取れば、一気に辺りが騒がしくなるのが分かった。黙れ、吸血鬼ども。



「こらっ悠稀。顔、凄いよ。僕がエスコート役じゃ不満?」
「兄さん、本気で言ってるならぶっ飛ばすよ。不機嫌な理由は、この吸血鬼の群れ」
「あははっ、仕方ないよ。何せ、カールハインツ様が直々に集めたんだから。でも、やっぱりシュウかレイジの方が良かったかな?義理とは言っても現在は兄弟なんだから」
「別に兄さんで良い。あの怠惰と慇懃無礼にエスコートされるとか嫌。しかも前者に至っては出来るはずもない」
「あー、ごもっともな意見だなぁ」



苦笑しながら歩いていく拓麻の後を黙ってついていく。だけれど、足を一度でも止めてしまえば、あっという間に取り囲まれてしまう。その人垣が崩れたかと思えば、優姫と枢がやって来た。純血種が夜会に出ることは珍しいことであり、それが私を含めて三人。ざわつく吸血鬼の群れの向こうに夜間部とユイ達が見えた。あっちの方が楽そう。そんなことを思ったのは必然的なことだ。ここは息が詰まる。簡単な挨拶を交わし、視線を夜会の監視をするハンターへと移した。あ、零と海斗だ。口パクで此方を見るなと言う海斗に眉を寄せながらも視線を前へと戻す。それを見計らったように次々と貴族達の口が開かれていく。



「純血の君、どうかお名前を教えてくださいませんか」
「…教えたくないなら黙ってて良いよ」
「その台詞、優姫の時にも似たようなことを言ってたよね」
「枢をイジメてあげないの。それで、どうするの?早くしてあげないと可哀想だよ」



名前なんて教えたくない。だけれど、それは何となく回避できないような気がした。そもそも知ってるくせに聞いてくる貴族どもが悪いんだ。それなのに優姫も教えてあげないのって首かしげてるし…。渋々と口を開き、自らの名前を口にした。途端に呼ばれる自らの名前に耳を塞ぎたい気分だ。酷く毒を持った声で呼ばれているような気がして気持ちが悪い。例え吸血鬼に戻ったところで、奴等を毛嫌いしている事実に変わりがないからだろうな。早くこんな茶番が終われば良いのに。



***



「純血の君…?何で悠稀ちゃんのことをそんな呼び方するんだろ…」
「あ?そんなのクソみてぇな決まり事のせいに決まってんだろ」
「決まり事?」
「そっ。姉さんは数少ない純血種だからね。その純血種の名前を本人から聞くまで、そう呼ばないと不敬だとか傷付けてはいけないとかさ。面白くもない決まり事だよねぇ」



ライト君の説明を聞いて何となく納得。沢山の吸血鬼の人達は悠稀ちゃんの周りを囲みながら頻りに彼女を呼んでいた。そして名前を聞いた途端に悠稀ちゃんの名前を呼びながら笑顔を浮かべていく。何て言うか、そう…媚びるような笑み。私には判別がつかないけれど、きっと悠稀ちゃんと話してる二人も純血種の人なんだろうな。だって周りから同じような笑みを向けられてるもの。…あ、こっち見た。凄い美人さんだな…その隣の優姫ちゃんも綺麗だし。あれ、もしかして純血種の人って他の吸血鬼の人達よりも美人の人が多いのかな?それにしても、やっぱり…。



「…綺麗……」
「君ってば趣味が悪いんじゃないんですか?玖蘭枢なんて見て顔を赤くさせるなんて」
「趣味悪いって……」
「悪いだろ。…彼奴、あのおキレイな顔に反して腹は腐った野郎だからな」
「そんな人には見えないけどな…」
「外見で吸血鬼を判断しようなんて浅はかな考えだな」



その声に反応して振り返れば、其処にいたのはルキ君達だった。正装で此処にいることから招待されたのは確かなんだろうな。それなのにアヤト君達が喧嘩を売り始めてしまう。多くの吸血鬼の人達の注意は悠稀ちゃんに向いてるから注目を浴びる心配はないだろうけど、流石に喧嘩は止めて貰いたい。それなのにシュウさんは傍観状態だし、レイジさんは溜め息を吐きながらも止める様子も見受けられない。どうしよう…。オロオロしながらも止めようとしたところで誰かの小さな笑い声が耳朶を打った。笑い声の主は何時だったか屋敷に現れた少女。傍らに仮面を付けた従者らしき人を従えながら此方へと歩み寄ってくる。確か名前は…まり亜さんだったはず。



「こんな所でまで吠えてるなんて無神さんより逆巻さんの方が格下なのかしら」
「テメッ…ケンカ売ってんのか?」
「あら、そんな野蛮な事をするつもりなんてないわ。ただ、実際に無神さんを見たことなかったから物珍しかったから見てただけ。そしたら吠えてるんだもの」
「完璧に喧嘩を売ってると捉えても良さそうですね。しかし、この愚弟どもと同類に扱われるのは御免です」
「そんなことより、そこの彼女は誰なわけ?俺達のこと知ってるみたいだけどさぁ」
「紅まり亜よ。宜しくね、無神さん」
「紅……緋桜閑の器の…」
「ふふっ、よく知ってるわね。……ところで悠稀は、まだ此処には来ないのかしら?夜会になんて来るつもりはなかったのに招待状がきてしまったから来たのだけれど」
「見ての通り、姉様はあの状態だから来ないんじゃないんですか」
「…………随分と丸くなったものね。面白くないわ」



唐突に笑みを消したかと思えば、まり亜さんは小さな声でそう呟いた。視線は真っ直ぐ悠稀ちゃんと向けられていることから彼女のことを言ったのだろう。だけれど、随分と丸くなったてどういうこと?悠稀ちゃんが吸血鬼嫌いなのは知ってるけど、そこまで変わりがあるようには見えないのに。そんな私の考えを見透かしたかのように、まり亜さんの色素の薄い瞳が私を見ていた。目が合うと従者らしき人の側を離れ、私の方へと大人びた微笑を浮かべながら近付いてくる。一瞬だけど背筋が粟立つような恐怖を感じた。



「私がそんな事を言うなんて不思議?昔の悠稀は、あんなんじゃなかった。あの子を彼処まで変えてしまったのは貴女かしら?」
「え?どういう意味ですか…?」
「貴女と優姫さんが似てるからよ。だから、無意識に悠稀は情を傾けてる。故にあの子は弱くなった。昔なら貴族どもに囲まれて愛想笑いを浮かべなかったもの。逆に殺してたわ」
「ころ、し…?」
「そうよ。初めて会った時は同胞の血にまみれながら牢に繋がれてたの。視界に入った同族を殺しちゃうから仕方なくだったみたいだけど。けれど、同族殺しを性とした一族の末裔だもの、可笑しくはないわ」



そんなの私の知ってる悠稀ちゃんじゃない。無差別に吸血鬼を殺すことはしてなかったはずだ。だけど、まり亜さんが嘘を言ってないのは分かる。そして、その冷たい目にぞっとした。怖い怖い。今まで出会った吸血鬼の中で一番この人が怖い。恐怖に震える足が後ろへと後ずさろうとする。そんな折りに背後から肩を後ろへと引かれた。

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