不条理を哀す | ナノ
堂々巡りの海に堕ちる



目が覚めて早々に不快な気分になった。何でこの男は未だに此処にいるんだ。視界に映る金の髪。どう考えたって奴しかいない。ガンガンと痛む頭を押さえながら、動くのも億劫な体を起き上がらせた。さて、どうしたものか。何時も嫌な起こされ方をするから自力で起きるのは久しぶりだな。故に血が足りない、つまり動けない。……こいつの血を貰っても良いよな、うん。だって私が貧血なの、こいつのせいだし。私、悪くない。自分を正当化し、寝ているシュウへの傍らへと寄ると投げ出されていた腕に恨みを込めて噛み付いてやる。



「……いたい………何してんの、あんた」
「貧血だし動けないから血を貰ったけど文句あるわけ?」
「ライトが来るまで待ってれば良いんじゃないの。と言うか誰でも良いって言うんなら、とんだビッチだよな、あんたも」
「その言い方やめろ。そもそも此処に居たのが悪い。さっさと帰れ。人のシーツを血だらけにしやがって…」
「…こっちのベッドの方が寝心地がいい」
「だったら今日中にベッドでも入れ換えろ。そして二度と私の部屋に来るな」



血だらけになったシーツを捨てるために奴を蹴落として、それを回収してしまう。睨まれたが、無視をしてシャワーを浴びるために着替えと共に部屋を後にする。シーツの処分を使い魔に頼み、血がこびりついた髪を一瞥してから舌打ちが漏れた。傷は塞がっていたが、不快な気分は薄れない。吸血鬼の体は便利だけど、やっぱり嫌い。自由に動けるようになったら早々に体質を利用してやる。色々と八つ当たりをしたい気持ちを押し込めながらシャワーを頭から浴びて体にまとわりついた血の匂いを洗い流してしまう。あー、くそっ…まだ頭が痛い。夜会の件も彼奴に文句言わなきゃいけないのに。シャワーを止め、私服に着替えると頭を吹きながらリビングへと向かう。取り敢えずユイの様子見ないと。コーデリアが出てくる兆候がないかとチェックしといて損はない。まだ学校に行く時間には早かったせいか、リビングにはレイジの姿しか見当たらなかった。



「おや、珍しい。貴女が自力で起きるとは…それにしても淑女たるものが何てだらしない格好をしているのですか」
「全てはクソ長男のせい。今日は、彼奴に文句を言いに城に行く」
「夜会の件ですか?無駄だとは思いますがね」
「言わないと気がすまない。此処の地下から繋がってるって言ってたし」
「あれ、悠稀ちゃん?今日は早いんだね」
「まあね。おはよう」



ユイが降りてきたってことは三つ子もそろそろ来るか。絡まれる前に、さっさと逃げようっと。使い魔に乾かしてもらった髪を結わきながら考えていれば、聞こえてくる声。うわっ逃げ損ねた。人の顔を見るなり、アヤトの野郎は人を指差して起きてやがるとの言葉を吐き出してくる。何こいつ本気で失礼なんだけど。



「何でこんなに今日は早ェんだよ!」
「声が大きい。起きてたらいけないわけ?」
「そう言うわけじゃないけど、僕の毎朝の楽しみだったのになぁ」
「姉様が起きてるから外は大雨なんですね。そのうち槍でも降りそうです」



…何て失礼なんだろうか。私が起きてるから大雨?そんなの知るか。さっさと城に行って来ようっと。そう思った矢先に無造作にポケットに突っ込んでいた携帯が鳴り始めた。ディスプレイを見れば、理事長と表示されている。協会長に直しとくの忘れてたけど、まあ良いか。それにしても、こんな時間帯に何の用なんだか。電話へと出れば、聞こえてきた大声に直ぐに耳元から携帯を離した。何なんだ、この人は。用件を手短に尋ねれば、どうやら何処かのバカな吸血鬼が貴族の管理下にある元人間の吸血鬼を解放したとのこと。おまけにそれが境界線の上で行われたのだと。それを聞いた瞬間に舌打ちが漏れたのは言うまでもない。



「それで、その原因の吸血鬼を殺しても?」
『物騒なことを言わないでよ!段々と夜狩君に似てきてない!?…当然ながら生け捕りだよ』
「生け捕り?面倒くさいな…殺しちゃえば良いのに」
『本当にダメだからね!?殺しちゃったら!』
「あー、もう分かりましたよ。別に五体満足じゃなくても良いんでしょう?どんな状態であれ、生きてれば。それじゃあ失礼します」
『ちょ、悠稀!?待っ――』



何て面倒くさい。これでは私の予定が狂ってしまうではないか。取り敢えず仕事に行ける服だし、銃も持ち歩いているからこのまま出てしまうか。それにしても生け捕りなんて本当に厄介な話だ。縄じゃ彼奴ら無理だし、術式の準備をしてる奴に押し付けて狩りに専念しよっと。



「何か素敵な単語が聞こえたけど、姉さんてばハンターのお仕事ー?」
「何処が素敵なんだよ…。元人間が暴れてるから仕事」
「気を付けてね、悠稀ちゃん」
「うん。多分、帰りは遅いから気にしないで寝ちゃって」
「わかった」



そのまま玄関から外へと出るとポケットに突っ込んであった携帯を取り出す。取り敢えず今のところは何の連絡もないから、単独行動と行きますか。協会内でも面倒なことに派閥のようなものが存在する。端的に言えば、現在の協会長にあたる理事長の派閥とそうでないもの。理事長は、牙を持たぬ吸血鬼と呼ばれている人物だ。少なからず反発する人間が出てくる。それは、私に対しても当てはめることだ。特に新参者からの視線が鬱陶しくて堪らない。普段通りに道路を走っていき、察知した吸血鬼の気配に足をそちらへと向ける。逃げながらも獲物を探すような目をする吸血鬼の前に立ち塞がり、対吸血鬼用の武器のトリガーを引いた。脳天に一発。それだけで灰になって消えていく。その背後に新参者のハンターがいた。どうやら、これを追い掛けていたらしい。



「横取りかよっ」
「横取り?さっさと仕留められないのが悪い。そんな事を言っているうちに被害が出たら、どうするわけ?さっさと次を探したら」
「黙れっ吸血鬼!」
「はっ…うざっ。何ならそれで撃ってみれば?私に対吸血鬼用の武器は効かない」
「おいっ!何してやがる!こんな時に仲間割れなんかしてんな!…悠稀、さっさと狩るぞ」
「海斗…はいはい。言われずとも行きますよ」



相手が銃を構えようとしたところで海斗が睨むような視線を相手に向けながら間へと割って入ってきた。こんな下らないことに時間を割くなとばかりの彼に大人しく従い、他の吸血鬼を狩りに夜の街を探索しに走る。何人ものハンターとすれ違いながら淡々と狩りをしていく。逃げ出した元人間の吸血鬼を狩り終えた頃に原因の吸血鬼を捉えたの話が伝わってきた。本部集合の命に従って協会本部へと戻れば、子供の吸血鬼が術式が施された檻に入れられている。こんなのが本当にそうなのか。つい、そんな疑問を漏らしてしまったのは仕方がない。



「…理事長、こいつどうするんですか」
「困っちゃったよね。いま、親御さんを探してるんだけど…それにしても悪戯にしては度が過ぎるんじゃないかな」
「……ごめんなさい」



零と理事長の話を聞きつつ、子供の吸血鬼を観察する。膝を折って見ていれば、おずおずと吸血鬼が顔をあげた。かち合う視線に思わず目を瞬かせれば、何やらもじもじと手を動かし始める。何か言いたいらしいが、上手く言葉に出来ないとでも言ったところか。おそらく貴族であろうことから子供の吸血鬼の親が見付かってからとの話になり、その場を立ち去ろうとした。その時になり、緊張したように震えた声が私を呼んだ。純血の君。その言葉は、この中では私だけを指し示すものだ。



「……黒主悠稀。その呼び方はやめて」
「あ、ごめんなさい…」
「それで何?」
「お帰りを心待ちにしておりましたって…伝言です」
「伝言?誰からの?」
「僕に檻を開けるようにって頼んだ人です…人間、だと思います…」



人間?その言葉に、この場にいた全員に緊張が走った。人間が何故そんなことを頼む。それに、その伝言の真意は何だ。詳しく話を聞こうにも、どうやら相手の顔も覚えていないらしい。もしかしたら術式か何かで消されてしまってるのかもしれない。しょんぼりと肩を落とす吸血鬼の頭を軽く撫でてから、ありがとうと呟いた。利用されただけの子供に当たることは出来まい。早々に親が見付かることを祈りながら、その場を後にした。どうやら、また一悶着ありそうだ。

<<>>


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -