怠惰陰陽師 | ナノ
新たな罠



Xとは誰だ。そう疑問に頭を悩ませながら目の前の空いた席を見つめていた紗雪は、徐に立ち上がった。何だか今日は空席が目立つ。厭魅は解決したのだから呪詛返しを受けて欠席しているわけではない。では、何故こんなにも空席が目立つのか。漂う空気に瘴気も悪意も感じられない。昨日、新しく張り直した結界内には何も入ってきてはいないのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。鞄を片手にふらふらと教室を後にした紗雪に周りの視線が集中する。何せ動くのが珍しい人間なのだ。周りも思わず視線を向けてしまう。それらの視線に反応すら示さずに廊下を歩いていた彼女の体が物陰から伸びてきた手に引っ張り込まれる。掴まれた場所から感じたのは酷く醜い悪意の塊。



「……X…?いや、違う……誰?」



氷帝の制服を着ているのだから、きっと生徒なのだろうと紗雪は考えた。見知らぬ他人なのだから根拠も何もないが、そう結論付けながら相手の顔を見つめる。人間とは思えない強い力で壁に押し付けられながらも彼女の表情には何も変化が伺えない。探るように顔を見つめ、微かに瞳を瞬かせた。ギリギリと締め付けられる音を聞きながら、果たしてただの人間にここまでの力が出せるのだろうかと考えてみる。これは、また厄介な展開になったのではないか。紗雪は強まっていく力に眉を寄せながら床を強く踏みつけた。それに反応するように式が下から飛び出し、生徒を突き飛ばす。多少ながらも首を絞められていたために息苦しさを感じながら床に座り込んだ。まだ体力と霊力が回復していない。そんな状態で結界を張り直したために今の彼女の体は酷く弱りきっていた。式を出すのにだって体力を消耗する。



「はっ、はっ………ちょっと、キツイかも……」
【紗雪様…人を呼んで来ましょうか?】
「へー、き…それより、その子……」



気絶した生徒から立ち上るのは紛れもない悪意。人間は誰しも悪意というものを持っている生き物だ。けれど、その生徒から感じるのは異常なほどの純度を持ったもの。普通の人間じゃ、そこまで悪意を育てられない。では、Xが絡んでいるのか。それはわからない。だが、この清浄な結界内にいるには、その悪意の塊を抱えていては相当な体力を消耗するはずだ。現に生徒の表情は蒼白かった。このまま此処にいさせてはダメだ。式に一番弱く結界が張られている場所に生徒を移動させるようにと命じ、紗雪は壁に体を預けた。目の前を霊達が過ぎていく。その光景を見つめながら、ぼんやりと彼女は目を瞬かせた。



「紗雪っ!」
「……ゆーし、何で?」
「校内の霊どもが紗雪が倒そう言うから来たんや。そない真っ青な顔して何で動いとんねんアホ」
「何か可笑しいと思って…たぶん仕掛けてくる」
「……Xか。跡部達にも注意するように言うとくわ。ほな、自分は保健室行くで」
「ん。保険医は身内だし薬持ってるから其処が安全か…」



忍足に背負われた紗雪はもう動く気力がないとばかりに体を預け、目を閉じた。そのまま辺りを探ってみるが、害のあるものはなさそうだ。少しだけ悪意が強く漂っている。戻ってきた式がそれを払ってくれるのを感じながら保健室に辿り着いた。彼女は保険医の姿がなかったが、無言でベッドを拝借してしまう。常連故に手慣れた動作で拝借したベッドに寝転がり、布団にくるまった。猫のように丸くなった紗雪の横に椅子を持ってきた忍足が座り込む。どうやら授業には出ないらしい。



「……なに」
「頭撫でとるだけや」
「そう…」



気持ち良さそうに目を細めた紗雪は、そのまま黙ったまま頭を撫でられていた。次第に眠気を帯始めた彼女の瞼が落ちていく。眠ったのを確認した忍足は手を止めた。すやすやと眠る紗雪の顔は何時もと違って少し幼さを帯びている。そんな寝顔を見てから彼は保健室を後にした。



***



むくりと起き上がった紗雪は、辺りをキョロキョロと見渡してから小さく溜め息を吐き出した。体力がないのは元からだが、霊力はどうやら回復したらしい。動くのに問題はないが、動くのが面倒くさい彼女は隣のカーテンで仕切られたベッドを見やった。明らかに人間ではない気配。どうやらXが動きだしたようだ。それに思い当たった紗雪は、自分のいる保健室が氷帝にしては古くさいことに気が付く。よくある典型的な廃校か何からしい。一先ず合流するのが先か。仕事道具を鞄から取り出し、式を呼び出す。取り敢えず此処にいる霊は無視だ。



「…いや、これはマジでない。何処ぞのゾンビ映画じゃないんだからっ」



流石の紗雪も逃げに徹するしかなかった。犬神の眷族である妖の背に乗って保健室を出た瞬間に亡者の大群に追われて今に至る。数がいるだけに祓うのにも無駄な霊力を使う。おまけに、だ。亡者の中に混じる鬼の姿をした者や、やけに綺麗な身体を保つ者。あれは亡者よりも厄介なものだ。ぎりっと唇を噛んだ紗雪は眉間に皺を寄せた。



【紗雪、ヒトのにおいがする】
「行ける?」
【任せて】



一際足に力をこめ、地を蹴って妖狼は走り続ける。その背に掴まりながら符を片手に紗雪は何かを唱えている。そして符を放った。跡形もなく姿を消していく亡者の群れ。だが、彼女が警戒をする者たちは動きが鈍くなっただけ。それについて小さく舌打ちを漏らした紗雪は、妖狼が走るがままに任せた。辿り着いたのは古びた木製の扉の前。手を掛け、その扉を引いた。




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