怠惰陰陽師 | ナノ
日常



ふわふわと周りに浮かぶ透けた体。その体の背後にある黒板を見つめながら、ノートへと文字を書き写していく。透けた体の持ち主はにやにやと笑いながら顔を覗き込んできた。ぽたり、と常人には見えない血がノートへと滴り落ちる。それを不愉快そうに見下ろし、手を軽く振ることで追い払ってしまう。また厄介なモノが入り込んだと授業終了を告げるチャイムを聞きながら立ち上がった。



「姫さん、部活に行くんでしょ?」
「ええ。紗雪も来てくれる?」
「また入り込んでるみたいだから念のために着いていく」
「もしかして授業中の…?」
「そうだよ。じゃ、行こうか」



俗に言うお坊っちゃまお嬢様学校である氷帝学園。其処の高等部二年の安倍紗雪は面倒だとばかりに溜め息を吐き出す。彼女には、これまた俗に言う幽霊なるものが見えていた。家系も陰陽師と言う家柄でありながら氷帝へと通っている。はっきり言って、こんな金持ち学校に通うような家ではない。しかし、権力者になればなるほど妬まれると言うもので氷帝では怪奇現象が絶えなかった。そこで学費免除と言う形で怪奇現象を沈めながら過ごしているのだ。まあ、他の場所においても依頼があれば片付けに行くのだが。



「うげぇ、テニス部またかよ…」
「相変わらず凄いわね。あんなに集まっちゃって」
「そんな所でマネやってる姫さんもね」



幼馴染みである藤原彰子。通称姫さんは、これまた珍しい見鬼の才を持っている。それも尋常ではなく強い力だ。そのために悪霊やらに狙われやすく、常に紗雪が傍らにいた。テニス部にも視える人間が多く、これまた紗雪が申し付けられた護衛でもあったりする。加えて人気から嫉妬や妬みを買いやすいので、ほぼ毎日のペースで入り浸っている。部室の中に入ろうとして、うっと口許を押さえてしまう。くさいくさい。何か臭う。腐臭とでも言うべきか。常人には分からない臭いに眉を寄せ、鼻を押さえながら中へと足を踏み入れた。何の力もない数人がきょとんとした後に慌てて練習着へと着替える。その様を見ながら力がある何人かの様子を確認した。



「着替え中に入ってくんなよ!」
「はぁ?なに乙女ぶってるの、向日。てか臭い」
「やっぱ臭うよな…また出たか?」
「誰だよ引っ付けてきたの。ッチ、くそ面倒だな…取り敢えず跡部。殴らせて」
「あーん?何で俺様が殴られなきゃなんねぇんだよ」
「いや、絶対に引っ付けてきたのお前だから。ほら、祓ってやるから殴らせろよ」



シュシュっとシャドーボクシングのような動きを取り、殴らせろと催促をする。ちなみに彰子に被害があってはならないので外にて待機してもらっている。よって殴っても怒られることはないと満面の笑みで近付いていく。その動きがピタリと止まり、次の瞬間には物が飛び交い始めた。所謂、ポルターガイスだが慣れきってしまった故に何の反応も示さないテニス部レギュラー達。それが気に食わなかったのか、異臭が強まり壁などがドンドンと音を立てて叩かれる。しまいには赤い手形までもが浮き上がっていく。



「…こりゃまたすげぇな」
「ジロー、こんな時に寝てんなよ」
「ぴよしー、塩もってこい塩」
「その呼び方やめてください」
「ぴよしのが可愛い。さて、憑けてきたアホはと…」



ぐるりとメンバーを見渡し、とある人物に目を止めた。宍戸亮である。ちなみに彼には力がない。幽霊が視えるはずのメンバーに視えないように上手く気配を隠しているが紗雪の目は誤魔化せない。てか、見落とすわけないし。日吉が持ってきた塩を掴み、宍戸へ向かって投げつけた。顔に当たったのはご愛敬である。姿を隠せなくなった悪霊が悲鳴を上げながら姿を現す。そのせいか腐臭が強まったような気がした。ずるりと剥けた肌に窪んだ眼窩。離さないとばかりに宍戸の腕へ絡み付く女に、ただならぬ執念を感じた。



「グロテスク…わあー、気持ち悪いダメだこれ」
「おおおおい!帰るな放置するな!」
「宍戸先輩、すいませんが近寄らないで下さい」
「ぎゃあああ、こっち来んな!」
「おい、早く何とかしやがれ!」
「…えーダルい臭い近寄りたくない。でも姫さんのために、」



まったくやる気がない様子で近付いていき、数珠を付けた手を女へと伸ばす。紗雪が触れた箇所から火傷のようになっていき、狂ったような叫び声がこだまする。表情を崩さないまま頭を掴み、宍戸から引き剥がした。激しく暴れる女を見下ろし、真言を唱えれば、一際甲高く悲鳴を上げた後に消えていく。女を掴んでいた手を見て、一言。汚いと言って跡部の制服で拭いた後に眠いと呟いた。



「ざけんな、何してんだよ!」
「あかん、もう寝とるわ」
「此処で寝かせるなよ…」



完全にソファーで丸くなり寝る紗雪に呆れの声が漏れていく。これが氷帝での日常であった。




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