怠惰陰陽師 | ナノ
合流



カメラ婆を探し始めてどのくらい経っただろうか。幾つもの扉を開けていき、その度に安堵しながらも落胆をする。羅刹鳥も妖の探索には使えまい。妖気を追おうにも、この空間自体に充満しているのだ。そろそろ精神的に疲れている面々を見て紗雪は、最終手段だと懐から何やら取り出した。無数の小さな紙片に息を吹き掛ければ、それは蝶の姿へと転じる。それを静かに見つめながら目を伏せた。校内中に広がっていく蝶を通してカメラ婆を探していく。



「…一階いない。二階の家庭科室にひきこさん。踊り場に何かいるねぇ。でも違う。残るは三階と西棟かな」
「ど、どうしたんだよぃ…」
「黙ってろ。今の彼奴の集中を乱すな」
「…安倍は何を?」
「自分の式を通して校内探索してんだよ。すっげぇ力の消耗するから普段っつーか滅多にやらねぇけど」
「確かに疲れそうやわ…」



ノイズが酷い。紗雪は無意識に舌を打ちながら、ノイズが走る風景を見つめ続ける。西棟二階にカメラ婆はいた。何処かの教室に入る気配もないため一先ず式に追わせておく。他の式から意識を絶ちきろうとしたところで自分達がいる東棟の一階に何かが蠢いた。そちらへと意識を向けた途端に予想もしていなかった瘴気に式が使い物にならなくなってしまう。紗雪自身にも繋がっていたために少なからずダメージを受けて座り込んでしまった。



「紗雪ちゃん!?」
「ごめん、大丈夫。見付けたよ、西棟の二階。此処からなら渡り廊下で直ぐだよ。…けど、この棟の一階にヤバいのがいる。式と繋がっててこの様だよ」



紗雪が制服の裾を捲れば、腕には火傷したような傷があった。それを見て息を呑む面々に何でもないとばかりに腕を動かしてみせ、早く進もうと促す。扉を幾つも開けていき、漸くと渡り廊下へと出ることが出来た。渡り廊下を走り、二階の廊下に出るとカメラ婆らしき人影。最後の一つの式から意識を切断し、廊下の曲がり角に身を潜ませる。



「で、どないするん?」
「もう誰か走って此方まで帰ってきなよ」
「俺を見んといて!いやや!」
「誰も忍足なんて見てないじゃろ」
トコトコトコトコ
「自意識過剰っすわ」
トコトコトコトコ
「さっきから、トコトコうっせ…ひっ、出たぁああああ!」



切原の悲鳴に振り返れば、スカートを履いた上半身がない足だけが走ってくる。俗に言うトコトコと言うもので、テケテケの探している足であると言われている。実害はないが、とにかく気味が悪いモノだ。しかし、後ろに行ってもトコトコ。前に行ってもカメラ婆。完全に挟まれているが故に逃げ場はない。その上、切原が叫んだためにカメラ婆に気付かれてしまった。此方へと駆けてくる様に紗雪は、今すぐにも逃げ出したい気分に駆られる。それを必死で耐え、鏡を握り締めた。



「下半身が駆けて来てんだけど!?」
「うっさい桑原。幸村にでも蹴らせとけば良いよ。実害ないし。それよりカメラ婆だ…写真を撮られたら最後だと思え、諸君」
「「「イエッサー」」」
「ねぇ、何なのこの四人の一体感。凄いうざいんだけど」
「落ち着け精市。それで、どうするつもりだ?」
「カメラ婆が来たら脇に寄れ。彼奴は咄嗟の動きに極端に鈍い。其処を鏡で映し、奴がシャッターをきって自分を撮れば終わりだ。トコトコは無視の方向で」



トコトコトコトコ煩いけど。そう言ったところでカメラ婆が角を曲がって姿を現した。言われたように廊下の脇へ寄り、紗雪が鏡を構える。パシャリとシャッター音がした。それと同時にカメラ婆は鏡へと吸い込まれいく。封印をしたところで手早く鏡をハンカチで包み込んだ。それから背後に迫っていたトコトコを避ければ、目の前の壁に衝突して動かなくなる。痙攣したように震える様を一瞥し、カメラ婆が落とした写真のファイルを拾い上げた。



「呆気なかったなぁ…」
「鏡があるからだよ。さて二人を探さないと」
「その前に場所を移動しませんか?トコトコもいますし…」
「長太郎の言う通りだぜ」
「そんじゃあ近くの教室に入るか」



近くにあった教室の扉を開け、中に何もいないことを確認してから足を踏み入れた。写真のファイルを広げれば、沢山の人間が捉えられていたらしく助けてと叫んでいる。だが、此処で出してしまっては面倒な事になると無視して二人を探し続けた。漸く二人が写る写真を見付け、ファイルから取り出す。その際に紗雪は他に二枚の写真を手にしていた。



「本当に閉じ込められてやがるな…で、どうやって出すんだ?」
「燃やす」
「「「えっ…?」」」
「燃やす?燃やすの?えっ燃やしちゃって良いの?」
「何回燃やすって言うつもりなのかな、丸井。炎って言うのは浄化なんだよ。だから問題ない。雛菊、狐火」



ぽっと出された狐火に躊躇なく三枚の写真を放り投げる。メラメラと燃える写真に慌てる二人。そして次の瞬間には写真から解放された二人が真っ青な顔で座り込んでいた。彼等の傍らに転がっている人形を回収し、紗雪は名前を確認する。その横には人間の姿をしているが、妖らしい二人組がいた。



「あ、焦ったわ…」
「キェエエエエエ」
「うわっ真田、発狂してる」
「あ、あのっそちらのお二人は…?」
「蜘蛛の兄ちゃんと夜雀って妖。カメラ婆に掴まるとか間抜けだな」
【面目ない…助かったよ、お嬢】
【待って待って、俺ってば怪我人なの。労ってくんねぇ?】
「知らない。婆を封じた鏡もって帰っていらないから」
【おっ、これで漸く52体目じゃん。ラッキー】
「52体目…?」



訝しげに日吉が呟くのを聞き、紗雪達も可笑しく思えた。52体目。つまり今までカメラ婆は52人いて、まだ更にいると言うことだ。それに気が付いた紗雪は、床に膝をついて項垂れてしまった。最悪だ…。そう呟く声が微かに聞こえてくる。



「あ、あのよ…カメラ婆ってまだ何人いるんだ?」
【48人。僕たちも苦労しているんだ。見境なく写真を撮るから】
「つまり百人もいるんかい…」
「うえっ気分は最悪だ…。ところで夜雀は何で怪我してるの?」
【…お嬢、彼奴はヤバい。他の所から流れてきた余所者のくせに、ここら辺を荒らしてやがる悪霊だ。俺でも逃げるのに精一杯】
【僕は見たことはないが…雪女がやられたとは聞いている】
「なるほど…七不思議の最後の余所者って他から来た悪霊を指してたんだ。まさにラスボスって感じだね」



幸村の言葉通り、余所者である悪霊が最悪のラスボスである。力の強さを身にもって知っている紗雪からしてみれば面白くない話だ。その前に厄介な六番目が残っていると言うのに霊力が持つだろうか。いや、持つだろう。しかし、此処を出てXが何かを仕掛けてきたら回避できるだろうか。考えても栓ない思考を放り出し、六つ目の七不思議へと意識を切り替える。妖二人と別れ、西棟の三階へと上がっていく。



「六つ目って首吊り教室だったか?」
「ええ。入ったら一発で分かりますよ。首を吊った霊がいるそうですから。気を付けないとその仲間入りになるみたいです」
「ああ言うタイプって言葉通じないし無理に祓うと抵抗してくるしで面倒なんだよねぇ…。しかも祓うより説得しないと攻略したことにならないし」
「それって無理じゃね?」
「骨が折れるって言うか何と言うか…侑士、疲れた」
「珍しく歩いとると思っとったんやけどなぁ」



何時もの定位置につき、首吊り教室があるとされる場所へと向かう。空間が歪んでいるとは言え、行ってみない事には始まらない。しかし、この人数で行けば狙ってくださいと言っているようなものだ。自分一人で行った方が良いかもしれない。そう思いつつ紗雪は、最後の鯛焼きを咀嚼した。とある教室の前で足を止めれば、ギシギシと何かが軋む音が聞こえる。直感で当たりだと彼女は確信した。幸か不幸か。どうやら歪んだ空間のなかでも場所は変わっていなかったらしい。




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