怠惰陰陽師 | ナノ
依頼開始



言葉につまる鈴原を紗雪は、静かに見つめる。泣きながら、過去を悔いる姿を見ようとも彼女の心は揺るがなかった。そうなるように育てられたからだ。何より紗雪自身も己の甘さ故に引き起こした過ちがある。だからこそ依頼人にも、誰にも同情は見せない。感情移入なんぞ持ってのほかである。聞こえてくる声に煩わしそうに小さく頭を振り、流れ込んでくる感情を頭から振り払う。鈴原が如何程、後悔しているかは分かったが、あくまで言葉と言う形にするまで紗雪は、引き受けるつもりはなかった。



「…なぁ、もうええんとちゃう?鈴原さん、めっちゃ後悔しとるみたいやし」
「はぁ…聞こえるからって同情をしていると憑かれるよ。耳栓しとけって言ってるじゃん」
「何でやねん!意味ないやろ」
「自分が稀少な存在だって自覚持たないとそのうち死ぬからね。助けないよ、面倒くさいから」



忍足は、先天的に視えるだけではなく声も聞こえる本当に稀少なタイプである。どちらかなら、そう珍しくはない。霊力だけと言うのもいるが、そんなタイプは陰陽師に多い。紗雪は、先天的に視えて聞こえて霊力持ち。非常に稀有なものであり、彼女の周りでは幼馴染みと少数の同業者のみに限られる。さて、そんな稀少な力を持つ忍足には鈴原の所謂、心の声が聞こえるわけで。他者の心の声なんて余程の強い感情がなければ聞こえないものだが喧しいほどの声に同情を示したらしい。まあ、ここまで煩ければ仕方がないかもしれない。精神衛生上まことに宜しくない声に紗雪は、ついに折れて大きく溜め息を吐き出した。



「…鯛焼き二十個追加と公欠三日で手を打つよ。跡部に言っといて」
「公欠三日って、そない掛かるんか?」
「準備に手間取るけど明日には片が付く。単にサボる大義名分が欲しいだけだけど」
「サボるなんぞ、たるんどる!貴様は先程から歩きはしないわ、怠惰が過ぎるぞ!」
「知ってる?こういう仕事って気力と体力が凄くいるんだよ。だから学校に行くのにも体力がなくなっちゃって大変なんだ」
「む、そうなのか?」
「真田は納得してるけど、それ嘘でしょ?」
「あ、バレた?」



神妙な表情で淡々と嘘を吐き、それが分かった真田の怒号が響き渡る。それに対し、無表情で誠意のない謝罪をすると鞄から丸めた紙を取り出す。それは立海の校舎の見取り図であった。再び忍足に背負われつつ、ペンを構えたが直ぐに近くにいた柳生へと押し付ける。何かを書こうとしたが面倒くさくなったらしい。既にぐでんとやる気がなさそうにビー玉サイズの飴を口の中へと放り込んだ。



「其処に噂でも良いから幽霊が出たとか言う場所を書いていって。力の強そうなのから片付けて呪詛を返しやすくするから、ザキが」
「お前さんはやらんのか…?」
「だって面倒くさいじゃん。あのワカメも残ってるし。あ、ワカメもザキが片付ける?」
「あんな大物を祓えるのは憑き物落としの天才である紗雪様だけです。明らかに無理な仕事を面倒だからと言って回さないで下さい」
「…不安だ、激しく不安すぎる」
「あ、あの…呪詛返しをすると、その…私が言えた義理ではないんですけど、」
「それを行うと生徒が大変な事になるようですが…方法はお有りなんですか?」
「ん?ああ、それね。全校生徒全員分の人形って言うのを本人に見立てて返す。後は人形が引き受けてくれたら燃やして処分する。まあ、確率は八割ぐらいだな」



呪詛を返すのは、とても難しいから。そう締めくくり、書き込みを終えた見取り図を見つめる。その際に人形の準備を島崎に押し付け、激しく非難を浴びたが紗雪は顔色ひとつ変えはしなかった。一先ず校内で確保した会議室へと移動をする。どうやって確保したかって?過去の依頼人は親切だとだけ言っておこう。ダラダラしながらも周囲に気を配り、保健室の前を通った際には酷く険しい表情を作る。鞄から鯛焼きを出し、咀嚼しながら占をするのに使用する六壬式盤(りくじんちょくばん)を目の前に置いてもらう。ちなみに凄く重たい。どの悪霊から祓ってしまうかを占い、浮かび上がった卦を読んでいく。



「ワカメ、起きてないよな?起きてたら気絶させれば良いんだけど。んしょっと、何処から片付けようかな…」
「これは何なんだ?」
「占具。…ふむ、やっぱり保健室と放送室のが強いねぇ。てことで、ザキ。いってらっしゃい」
「分かりましたよ!行ってきます!」
「不憫すぎるのぅ…」
「同感。それで、これからどうするの?」
「ワカメに憑いたのを祓って今日は帰る。此処に残るなら、この線から先には出てこないでよ」



何の躊躇もなく、ガリガリと床に一直線の傷を付けていく。怒られたが、後で直すからと気にもせずに端から端まで線を引ききった。この線は言わば、空間を断絶する壁のようなもの。この線から先は、まったく別の空間として認識させ、此方に入ってこない限りは絶対に被害を受けることはない。パンッと大きく柏手を打つと、今まで気絶していたはずの切原が唐突に目を覚ました。それを目にし、紗雪は舌打ちを漏らす。中にいる悪霊が安部紗雪と言う敵が何をしようとしているのかと悟ったからだ。出来れば意識がないうちが良かったと思いながら鞄から小瓶と数珠、そして札を燃やして作った灰が入れられたケースを出した。



「さてっと…今の君はどっち?」
「はぁ!?お前、俺になんかしといて…一体何がしたいんだよ!」
「あー、面倒くせぇ。もう良いや、無理矢理いきまーす。ちょっと痛いけど素直に言わない君が悪いんだよ」



不自然なほど笑顔で小瓶の蓋を開けると、その中身を無理矢理飲ませた。ちなみに今回は神酒なんて可愛いものではない。完全な食塩水である。穢れを押し流すのに、どちらが強いかと言えば塩。かと言って塩を食べさせるのはあれなので食塩水と言う譲歩である。まあ、食塩水なので相当に飲むのがキツい。飲んだのは良いけれど、相手は当然キレるわけで。伸ばされた手を避けると片手で印を結び、飲ませた食塩水にこめていた霊力で内側から体を拘束してしまう。そこで一休みとばかりに深く息を吐き出した。



「もう一回、聞くよ。今のお前はどっちだ。本人か?それとも――悪霊?」
「…ひひっ、ひゃはははっ!!」
「そっ、私を馬鹿にして答える気はないと?でも、動けないよね。今すぐ出ていけ。それぐらいなら出来るはずだよ」
「やだね、この体は居心地が良いんだよ。それに、あの女を喰うまで出ていかねぇよ」
「あの女?」
「藤原彰子。あの霊力はまたとない獲物。あれを喰えば、俺はもっと強くなれる。だから邪魔すんな!!」



切原の口を借りて喋る悪霊に紗雪の顔から、すっと全ての表情が消えていく。碧眼の瞳が怒りに細められ、強い侮蔑の色が映り込む。腕に巻かれた数珠が、じゃらっと音を立てた。




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