眠れぬ暁をきみは知らない | ナノ
水圧に負けた人魚



タイムカードを押し、纏めていた髪を下ろした。小さく息を吐き出し、制服から私服へと着替えてしまう。さっさと帰ろうと更衣室を出ようとしたところで横から手が伸びてきたかと思えば、ロッカーに手をつく形で朱綺の進行方向を塞いだ。嫌な予感と共に手の持ち主を見れば、にっこりと微笑まれる。その笑みが何を意味するか十二分に分かっていた。無意識に引き攣る頬を気力を総動員することで抑え、どうしましたかと口を動かす。わかってんだろ、そんな視線に思わず頷いてしまった。



「ほら、行くわよー」
「あ、久しぶりに朱綺も行くんだ」
「え、いや、行かないよ!親戚の人が来てるし…」
「アンタのその言い訳は聞き飽きたわ。今日と言う今日は行くのよ」
「てか、その親戚の人って子供じゃないんでしょー?大丈夫だって」
「今日はあのお店に行きたいなぁ」
「じゃあ、そうしましょう!」



朱綺の言葉は一から十まで全て無視し、鞄を人質として引き摺っていく。現金、スマホは全てその中に入れられているため泣く泣く着いていくしかない。近場の個室がある店へと入っていき、適当に飲み物を頼んでいく様に茫然とするしかなかった。この中で未成年者は殆んど居らず、誰も止めることなく酒類の名前ばかりが店員の復唱に羅列されていく。一先ず伏見に電話を掛けなければ。だが、鞄は一番の年長者が抱えているために取れそうにもない。何とか頼み込み、スマホだけを返してもらうと人の少ない静かな場所を探す。其処で電話帳から電話番号を呼び出し、数コール目に彼は出てくれた。



「あ、伏見さん。すいません、なんと言うか…先輩方に捕まりまして。飲み会に強制参加になってしまったので遅くなります」
【どんぐらい遅くなんの】
「先輩方の気分によりますかね。なるべく早く帰るようにしますけど先に寝てしまっても大丈夫ですから」
【あっそう】
「それじゃあ」



声を聞く限りは不機嫌そうだったが、取り敢えずは大丈夫だろう。そろそろ注文した酒が届いている頃だろうと予想をし、溜め息を吐き出す。早い人では既にハメを外しまくり、独裁政治の如く無茶ぶりを吹っ掛けているのが常である。今日は吐くまで呑んでくれない事を祈りながら戻ると予想通りに酔った成人組が未成年者組に絡んでいた。うわぁ、と声に出したところで存在を気付かれ、隣に座れと言うように畳を叩かれる。大人しく其処へと座り、自分の烏龍茶に口をつけた。



「遅かったなぁ!」
「そうですか?」
「あ!お前、彼氏出来たんだろ!?そうなんだろ!?」
「こんな冷たい子に!?聞いてよ、こないださぁ!!…うぷ、きもち、わ…」
「はやっ!!早いよ、キヨちゃん!!」
「あー、お手洗い行こうか」



酒に弱いくせに呑んでいた一つ上の人物は口許を押さえている。仕方ないとばかりに立ち上がり、トイレに連れていこうとしたが肩をガシリと掴まれたかと思えば、ズイッと酒を前に出される。流石にこれには困惑が隠せない。放置しておけば、確実にこの場で吐かれてしまう。それは店にも自分達にも迷惑となる。加えて数日前に成年したばかりの人間に酒を勧めるとはどういった了見だろうか。落ち着け、私まで酔ったら誰が押さえるんだ。



「あー、まだ無理だから」
「何言ってんの!こないだ成人したじゃん、呑めよー」
「これウィスキーだし、しかもロック」
「へーきへーき。死にやしないって、なっ!ググっていけよ」
「ほら、私の奢りだからありがたく呑めー」



面倒くさいなぁと内心で毒づいていれば無理やりグラスを押しつけられ、呑まされてしまう。一気に呑んでしまい、喉が焼けるように熱い。血中のアルコール濃度が跳ね上がり、意識が気持ちいい程度に朦朧としていく。どんどんと勧められる酒を呑んでいき、朱綺は舌足らずになりながら泣き始めた。泣き上戸に加え、酔ってきた朱綺が相当のペースで呑みながら泣く様を周りは頭を撫でながら楽しんでいる。まだ素面の面々は頭を抱えながら、本日のストッパーが消えたことを嘆きつつ彼女のスマホを手に取った。



「朱綺ちゃん。例の人、呼ぶからね?」
「う、ふぇ…良いもん!一人で、かえれるし…ひく、ふ…うわぁぁぁぁん」
「こりゃダメだ…良いよ、呼んじゃいな」
「ダメなの、迷惑かけたら…だめなの!」
「黙ってなさい酔っ払いは」
「みよちゃんが、ぶったぁぁぁぁぁ」
「よしよーし。痛かったねぇ」
「ふぇぇぇぇん!……はき、そうっ」
「わあああ!頑張れトイレ行くよ!!」



腕を引かれながらトイレへと走る朱綺。そんな彼女を見送りながらスマホから一度だけ聞いた名前を探しだし、画面をタップした。







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