眠れぬ暁をきみは知らない | ナノ
過ちが迎えにくるまで



ぼんやりと先程の夢のような話を思い返し、珈琲をドリップしていく。朝からあまり濃いものは好きではないが頭をスッキリさせるために何時もより濃い目にいれた珈琲をカップにいれ、再び寝室へと戻る。イライラ、うんざり。そんなオーラを放つ男の前に手にしていた片方のカップをおき、取り敢えず落ち着きませんかと声をかけてみる。そした何故か驚いたように微かに目を見張ってから、それへと手を伸ばした。その事を見てから朱綺自身もカップへと口をつけ、珈琲を流し込む。暫くの間は無言で時計の秒針の音だけが室内に響き渡る。コトリとカップが机の上に置かれる音がやけに耳についた。



「…普通見ず知らずの男に珈琲なんか出すか?」
「え、まあ、そうですね。でも、一番困ってるのは私じゃありませんし落ち着かれた方が良いかと」
「……変な女」
「止めてください。昨日も友人に言われて傷付いたんで。一先ず名前を伺っても?私は雪篠朱綺です」
「伏見猿比古」
「では、伏見さん。これからどうします?」



そう投げ掛けたところで伏見は黙りこんだ。それは致し方ないことだ。どうすると言われたところで答えられようもないだろう。そう朱綺は思ったところで軽率な問いだったと後悔した。どんな人間であれ、見知らぬ土地に一人となれば不安でないはずがない。あきらかに不機嫌と言う表情を貼り付けた伏見を一瞥し、興味のないことにはまったく働かない頭だと大学では定評の頭をフル回転させる。させなくとも答えは一つしかないのだが。それでも考えてしまうのは、やはり性格ゆえか。短く息を吐き出し、温くなった珈琲を全て飲み干してからカップを置いた。



「じゃあ、こうしましょう伏見さん。元の世界とやらに帰れるまで此処に住んで下さい」
「は?お前やっぱ馬鹿だろ」
「けど、他に手段ないじゃないですか。幸い私は独り暮らしですし、昼間は大学とバイトでいませんから」
「…お人好しどころのレベルじゃねぇな」
「で、どうしますか?今日は休日なんで必要なもの買いに行くなら行きたいんですけど」
「……世話になり、ます」
「わあ、伏見さんが敬語とか」
「ぶっ殺す」



物騒な言葉に慌てて謝りつつも、笑えば初対面だと言うのに頭を掴まれて力をこめられた。それに痛いと訴えれば、手は放してもらえたが鼻で笑われると言うオプションつき。この数分で伏見猿比古と言う人物の人間性が伺えてくる。しかし、買い物に行くと行っても目立つ青い服では行けそうにもない。朱綺は微かに考える素振りを見せ、そう言えばと和室の方へと向かう。少し前に他界した父の服を確認し、センスの良い人だったから問題ないだろうとその服を渡してしまう。伏見も自分の格好が目立つことは重々承知しており、特に何も言わずに受け取ってくれる。問題はここからであった。まだ彼女がいると言うのに躊躇もなく服を脱ぎ出したのである。男に恥じらいを求めるのも無駄だが、配慮しろよと朱綺は乾いた笑みを浮かべる。思わず頭痛がしはじめた頭を押さえ、くるりと相手に背を向けた。



「伏見さん、私が出ていくまで待つという選択肢はなかったんですか」
「そう言いつつ恥ずかしがりもしないのもどうなんだよ」
「周りが馬鹿ばっかだったんで見慣れました。外にいるので終わったら声かけてください」



酔うと脱ぎ出す周りと一緒にするのもどうかと思ったが、まあ問題はないだろう。後ろ手で扉を閉め、壁に寄り掛かりながらスマホを取り出す。バスの時間を確認したものの、荷物もあるので車の方が良いかと思い直す。自分の車には随分と乗っていないので運転には不安があるが、こないだも酔っ払いと化した友人の代わりに運転をしたのだから大丈夫だろう。ああ、でもあの車は外車であった。父は普段から節制に努める人であったが、車だけは趣味が祟って外車である。それを譲り受けたことは嬉しいが他人を乗せるとなると。やはり、不安がつきまとう。どうしたものかと頭を抱えていれば扉が中から開けられた。



「終わったけど。…何してんの」
「いえ。ところで服のサイズは大丈夫ですか?」
「ああ。で、行くわけ?」
「はい。伏見さん、車とバスはどっちが良いですか?ちなみに車だと危ないかもです」
「車。人混み嫌いだし満員バスなんて吐き気がしてくる。危ないかもってなに」
「外車でして長らく運転してません」
「…生意気だな、アンタ。歳いくつだよ」
「女性に対して歳訊くってどうなんですか。19です。でもあと少しで20になりますね」
「同じ歳か…」
「へぇ、伏見さんも19ですか。父のを譲り受けたんで生意気と言われましても。じゃあ車にしましょう」



戸締まりをし、マンションの地下の駐車場にエレベーターで降りていく。朝と言う時間帯は滅多に人に会わず、その事に安堵しながらも運転席に座り、エンジンをかけた。事故らなければ良いなぁ。そんな淡い気持ちとともにアクセルを踏んだ。






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