眠れぬ暁をきみは知らない | ナノ
神様のわるふざけ



藤島幸助は、その日も普段と同じようにバーHOMRAへの道を歩いてるはずだった。――だったのだが、普段とは違って道の途中には女が倒れている。それも若い女が。お世辞にも治安が良いとは言えない場所で倒れていれば後の彼女がどうなるかは分からない。さて、此処で問題である。この素性も知らない女を助けるか否か。答えは一つである。生粋のお人好しであり、何でも拾ってくると定評のある藤島幸助は迷うことなく女を背負い、HOMRAへと向かいだす。ご丁寧に女の手荷物も拾って。そして目的地に辿り着き、バーの扉を開けたところで其処のマスターである草薙出雲は驚きのあまり磨いていたグラスを落とし、十束多々良は何かを期待したような表情で楽しそうにその様子を撮影する。周防尊は一瞥した後に興味なさげに酒を呑み、八田美咲は真っ赤になりながら後ずさった。櫛名アンナは真っ赤なビー玉越しにただ静かに女を見据える。



「ど、どうしたんや!?」
「拾いました」
「犬猫みたいに拾ってくるんじゃありません!」
「あれ、元の場所に戻してこいって言わないんだ」
「しゃーないやろ。女の子やし、野郎だったら別やけど」
「で、何でまた拾ってきたんだよ」
「此処の辺は治安が悪いから危ないと思って」
「ま、確かにそうだよね。最近、ストレイン関係の事件が多いし。キングー、そこ退いてあげて」



十束に言われ、周防は面倒だと言わんばかりの表情をしたが大人しくカウンター席へと移動していく。周防尊にそんな事を言えるのは十束多々良だけだろうと坂東達が思うなか藤島は空けられたスペースに女を横たわらせる。其処へ他人へあまり干渉をしようとしないアンナが珍しく駆け寄ったかと思えば、再び赤いビー玉を通して女を見つめ始めた。それから恐る恐る彼女の手へと触れ、僅かに眉を寄せる。みえない、と幼い彼女の口から吐き出された言葉に誰もが驚いた表情を見せた。櫛名アンナは高度な感知能力を有しており、赤いビー玉を媒介にして他人の心理を覗く事が出来る。その彼女にみえないと言うことは特別な力が働いていない限り有り得ない。その場の誰かが、ストレインと言う単語を口にした。



「アンナ、みえないって?」
「完全にみえないわけじゃない。時々、透けていく…」
「ストレインだとしても力の使い方を知らないんやろうな…これまた厄介な拾い物したもんやな」
「すいません」
「…そいつ、どうすんすか」
「取り敢えず目が覚めてから考えれば良いんじゃない?」
「また無責任な…」



十束の言葉は確かに無責任であったが、アンナが手を取ったまま離れようとしない事から危険性はないと判断する。そのまま様子を見ていれば、やがてゆっくりと目を開けた。最初は何が起きているのか分からなかったのか混乱したように体を起こし、繋がれた手の持ち主を見て僅かに強張らせていた体から力を抜く。それでも不安そうに視線をさ迷わせる女にアンナは躊躇する素振りもなく抱き着いた。誰もが驚くなかで特に顕著だったのは女であり、困惑しながらも彼女を膝の上へと降ろした。



「え、っと…」
「名前、教えて。私は櫛名アンナ」
「雪篠朱綺、です。あの、その…?」
「ほら、アンナ。驚いてるから一回離れようね。俺は十束多々良です。そこの藤島幸助って言うのが倒れてた君を此処へ運んだんだ」
「倒れてた…? ご迷惑おかけしたようで、すいません」
「何かあったんか?」
「いえ、そう言う訳ではないと思います。たぶん、疲れてただけなんで。本当にありがとうございました」



頭を下げ、置かれていた荷物を手にした。異常になついたらしいアンナは不満げに、それを見つめていたが堪らずその手を引き、また来てと告げる。その言葉に目を丸くさせながらも柔らかく微笑んで頷いた。最後にもう一度頭を下げ、外へと出ていく。朱綺は、どうして自分が倒れていたのかを考えながら辺りを見渡して硬直してしまった。此処はいったい何処だろうか。見覚えのない景色に戸惑いながら鞄の中からスマホを取り出す。しかし、それは自分が所持するものではなかった。伏見が以前持っていたのを目にした事があるタンマツとやらで。試しに自分のスマホのパスワードを入力してみればロックが解除され、なかを見る事が出来る。ブックマークなどの殆どが消去されていたが、残っていた写真のデータは確かに朱綺自身のものであった。たった一つ残されたブックマークはネット銀行のもので、確認すれば貯金の残高が完全に一致する。



「どういうこと…?」



不安で不安で。それに押し潰されてしまいそうになりながら思考を巡らせる。取り敢えず此処が何処だか先程の人達に訊いてみようと、来た道を引き返す。出ていったばかりで格好がつかないと思ったが、背に腹は帰られない。深呼吸をした後に、ゆっくりと扉へと手を伸ばした。



「あの、すいません」
「あれ朱綺ちゃん。どうかしたの?」
「此処って何処ですか?」
「は?」



予想していた通りの反応に悲しくなりながらも何かに気が付いたらしい草薙に手招きされるがままにバーの中へと入る。すかさず駆け寄ってきたアンナに手を引かれ、バーのカウンター席へと座った。






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