偽物さがし | ナノ
心の深層



梦は、十束から手渡されたメロンパンを興味深げに見詰めた後に、それへとかじりついた。こうなった経緯は本当に偶然のもの。アンナが何時ものように出掛けた後に十束もまた最近話題になっているメロンパンを買いにHOMRAを後にした。鎌本からの評価も高いものだったために興味があったからだ。その目当ての品を買った帰り道。公園を通り過ぎようとしたところでアンナの姿を見付けたのだ。その隣に座っている梦に驚かないはずがなかった。だが、その感情の伺えない彼女に不思議と警戒心がわいてはこない。アンナが極たまに話すような光景がそこには広がっていた。そちらへと足を向ければ、十束に気が付いたアンナが慌てたように立ち上がる。それでも隣に座っている彼女は動くこともなく、手元のキューブへと視線を注ぐ。こんにちは、そう声を掛けたところで漸くと常磐色が覗いた。



「た、タタラ……これはっ、」
「へーきへーき、言い付けたりしないよ。……例のお友達、彼女だったんだね」
「うん。でも、何も覚えてないみたい…視ても何も視えないから」



アンナは赤いビー玉越しに梦を見た。だけど、そこからは何も感じることが出来ない。覚えていないと言えたのは、時折覗く彼女の内面には何も存在しないからだ。記憶は幾つものピースが組み合わされて構成されるもの。そのピースがここ数ヶ月分ほどしかないのだ。そう悲しげに眉を下げたアンナの頭を撫でた十束は空いてるベンチのスペースへと腰掛け、出来立てのメロンパンをアンナへと差し出した。それから梦へと差し出せば、彼女は小さく首を傾げる。まるで、それが食べ物だと認識していないかのように。



「美味しいから食べてみなよ」
「……」
「あれ?」
「…梦、美味しいよ?」



メロンパンと十束の間で視線を動かした梦は、それからアンナへと視線を移した。そこで漸くと食べ物であることに気が付いたのか。おずおずと手を伸ばし、メロンパンを受け取った。じーっと、それを見つめて再び小さく首を傾げる梦。暫くそうした後にメロンパンへとかじりつく。無言で咀嚼をし、美味しいかとの問いに小さく頷いた。それから食べ続ける様子から、どうやら気に入ったようだ。



「……メロンパンの、人」
「あははっ、そう言う認識かぁ。俺はね、十束多々良。宜しくね」



コクリと顎を引いて梦は頷く。そんな彼女の周りには徐々に犬が集まり始めていた。何時もの光景にアンナは驚きもしなかったが、初めて目にした十束は目を丸くさせる。犬に囲まれても梦の様子に変化はなく、メロンパンを食べてしまったところでキューブの面を合わせる作業へと戻っていた。その横でアンナがたまに話題を振れば、相槌を打ったり会話を交わしたりする。どうやら、これが二人のスタイルのようだ。それを見ていた十束は、梦の行動に首を捻った。



「ねえ、どうして残り一面でぐしゃぐしゃにしちゃうの?全部合わせるのが、これの遊び方だよね?」
「………ダメ、だから」
「ダメ?」
「ルールがあるみたい。何時もそう」
「ルールか…そう言えば最初に合わせる面とかの順番も違ったりするし、なるほどね」



チマチマと面を合わせては崩していく。それを繰り返していた梦が不意に顔を上げた。真っ直ぐ一点へと視線を注ぐ彼女に、どうしたのかと尋ねても首を振るだけ。暫くすると視線はアンナへと移され、梦は頭を撫で始めた。もう、帰るの合図である。これは二人の中での暗黙の了解。寂しそうにアンナは頷き、ベンチから立ち上がった。梦はアンナが立ち去るまで動かないつもりらしく、其処から立ち上がることはない。



「タタラ、帰る」
「良いの?」
「うん、梦ももう帰るって」



十束と二人で公園の外まで出るとアンナは梦を振り返った。ベンチから立ち上がって、手を小さく振っている。それに振り返し、帰路へと着いた。梦もまた、ゆっくりとした足取りで歩き出す。人混みを通り抜け、鎮目町と隣町の境まで歩いていく。背後を追い掛けてくる数人に気が付くと人気のない場所で足を止めた。自分を囲む強面の男たちと顔見知りなのか。彼女に対する怒りの声が上げられる。



「邪魔をするな!」
「……」
「おい、聞いてるのか!?」
「ダメ、」
「あ?」
「あの子、ダメ。赤の子……手を、出すな」



感情の伺えない表情のまま梦は言葉を口にする。それっきり口を閉じると手にしていたキューブを口許まで持ち上げた彼女の影が大きく動いた。





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