偽物さがし | ナノ
まわりくどい共犯者



アンナは寒空の下を一人で歩いていた。向かう先は、あの公園。何となく梦が其処にいる気がしたからだ。誰にも告げずに、こっそりとHOMRAを抜け出してマフラーを手に歩きついた先。公園のベンチでルービックキューブの面を合わせている梦がいた。前回とは違い、周りには猫が沢山いた。野良なのか飼い猫なのか。判然としないが、頭にまで登る猫を気にもせずに彼女はキューブを合わせていく。ゆっくりゆっくりと手を動かす彼女は、視線をアンナへと向けた。だが、表情一つ変えずに直ぐにそれは手元へと戻っていく。アンナは梦の隣に、あの日のように座った。猫が鳴きながら、彼女の膝へと移動をする。その小さな生き物の体温が冷えた足に心地好かった。



「何時も此処にいるの?」
「ん」
「今日はマフラー返しに来たの」
「……いい、あげる。風邪、引くから」
「でも、梦が寒くなる」



梦は首を横へと振った。キューブから手を離し、マフラーへと手を伸ばしたかと思えば、それはアンナの首へと巻かれる。それ以降は何を話し掛けても彼女が答えることはなかった。微かに頷くか首を振るか程度だ。永遠とキューブを動かし、面を合わせ続ける。だが、最後の一面になると必ず合わせた面をぐしゃぐしゃにしてしまうのだ。それから、また合わせ始めるのである。それを繰り返していることにアンナは誰にも言わずに梦に会い続けた一週間のうちに何度も目撃することになった。



***



「なあ、アンナ。お前いっつも一人で何処に行ってるんだよ」



八田の問いにアンナはビー玉から視線を外し、彼へと向けた。そのまま黙りこんでしまえば、静かに話を聞いていた面々も困惑を隠せずにいる。毎日、知らないうちに何処かへと出掛けていく彼女を気に掛けるのも当然であった。赤いマフラーを巻いて帰ってくるアンナは何時も同じ赤い飴を持って帰ってくる。それを誰に貰ったのか尋ねてもアンナは答えようとはしなかった。ただ、大事そうに貰った飴を瓶へと貯めていくのだ。飴の数は二十個近くになろうとしていた。そう、二週間以上も彼女は彼らの知らない人間と会い続けているのだ。



「なーんで何も言わへんのやろ」
「アンナが警戒してないから大丈夫なんじゃない?毎日、会ってるみたいだけど何もないんだし」
「ほんま楽観的なやっちゃな…」
「…好きにさせとけ」
「尊もそないな事言いおって…」



草薙が大きな溜め息を吐き出すとともにバーの扉が開けられた。外の冷たい空気に頬を赤くさせながら梦が顔を覗かせる。何時も一緒にいるはずの泡沫の姿はない。どうやら部活のようだ。梦の手には飴の袋が握られていた。



「こんにちは」
「その飴、アンナが持ってるのと同じやつ?」
「そうなんですよ、千歳さん。偶然、見付けて。アンナちゃんが気に入ってるみたいだったので買ってきちゃいました」
「……飴、何処に売ってたの?」
「えっと、学校の帰り道の新しく出来たコンビニだよ。アンナちゃんも今度行く?」
「ううん。……コンビニ、行くんだ。ご飯とか食べてるのみたことない…」



アンナは公園で会う、もう一人の梦のことを思い出してみる。彼女は絶対にベンチから動くことはなく、何時間も其処にいるのだ。おそらく朝から晩まで。何時までいるのかと尋ねた際に朝と夜と行っていたから、そうなのだろう。だけど、何かしら食べている姿は見たことがない。夜に会ったことはないが、朝に会っても昼に会っても持っているのは飴だけ。その飴も食べるでもなく自分の掌へと落とすのだ。寒さも空腹も感じないとばかりの言動。それが観察していた梦への印象の一つであった。



「アンナが会ってる人、何も食べてないの?」
「たぶん。何時も同じ場所にいて動かないの。寒いって聞いても首傾げてるだけ」
「けど、そいつ家あんだろ?」
「…帰るって言ってから何時も私のこと見送ってから歩いてるのは見たことはある」
「ちゅーか、そいつが男なんか女なんかが問題やろ」
「女の子」



その言葉に安堵したような空気が流れた。取り敢えず男でないならば問題もないだろう。些か話を聞いていて引っ掛かる事があるとはいえ。しかし、何時までも知らない人間に会われるのも困ったものであると草薙は小さく頭を掻いた。どんな人間か分からない以上は本当の意味で安心は出来ない。



「アンナ、そろそろ会わせてくれへんか?そのお友達に」
「ダメ。イズモは、ダメ」
「だ、ダメ!?せ、せやったら八田ちゃんは!?」
「ミサキもダメ。皆ダメ」



頑なに拒むアンナは、誰にも会わせないと言い切った。会わせてしまったら、そこで公園でしか会えない梦とは二度と会えない気がしたから。きっと、一人で行けば会えるかもしれない。だけど、それは彼女を裏切るような気分がしたのだ。感情の伺えない彼女に昔の自分を投影しているからなのかもしれない。たまに頭を撫でてくれる温もりがなくなるのが怖いのかもしれない。漠然とした不安からアンナは顔を俯かせた。



「アンナ、その子がもし俺たちに会っても良いよって言ったら会わせてくれる?」
「……聞いてくる」



アンナは十束の言葉にマフラーを首に巻いてからHOMRAを後にした。彼女には悪いと思った草薙だったが、その後を追うようにと八田と鎌本へと指示を出す。それに二人は黙って頷くと気付かれないように尾行を開始した。そんな事を露とも知らないアンナは公園まで走った。口から漏れていく息が白くなっているのが視界に広がる。懸命に駆けたものの、ベンチに梦の姿は見当たらない。思っていた以上に彼女は、そのことにショックを受けた。何時も変わらずにいた姿がない。ただ、それだけなのに。もしかしたら、自分が彼らと彼女を会わせようとしたことに気が付いてしまったのかもしれない。だから、いないんだと変な考えまで働いてしまう。だが、そのベンチに先程まで梦がいたのか。猫がベンチの周りに丸まっていた。ゆっくりと近付けば、多くの猫が逃げて行くが一匹だけ、その場に留まってアンナを見上げている。真っ黒な瞳を細めたかと思えば、猫がベンチの下へと潜っていく。出てきた猫は何かを食わえており、それをアンナの足元へと落とした。



「見ればいいの?」



猫は一声だけ鳴いて尻尾を向けて何処かへと歩いて行ってしまう。小さなジッパーのついた袋の中に何時もの飴が入っていることに気が付き、アンナは慌てて袋を開けた。出てきたのは小さなメモ。"今日、予定できたから帰る"そう簡潔な内容であったが、それだけでも彼女は安堵できた。予定があったから帰ってしまっただけで明日も会えるのだと。





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