偽物さがし | ナノ
羅針盤と昏い棘



「本日も快晴なりってね」



時間は御柱タワー爆破直後まで遡る。タワーから昇る黒煙を見つめながら少女――梦は笑いながら呟いた。普段の彼女とは違う笑み。そして、幾分か幼い姿。少し大きめのパーカーのポケットに手を突っ込むと鼻歌を歌いながら、その場を立ち去っていく。心底、気分がいい。そんな様子の彼女の瞳は真っ黒な色をしていた。器用に歩道橋の手摺の部分を歩きながら、制服のポケットからタンマツを取り出す。それを何の躊躇いもなく車が行き交う歩道橋の下へと向ける。そして手を離した。重力に従って落ちていくタンマツ。それが道路の固いアスファルトに叩き付けられようとも梦は見向きもせずに足を進めていく。擦れ違う人々が彼女の歩く場所を目にして、ぎょっと目を見開いている。段々と喧騒の中に紛れながら梦は愉しそうに何かを呟いた。



「なぁにしよっかなー。この制服も着替えたいし」



ショーウィンドウに姿を映し、それを見ながらスカートの端を摘まむ。気に入らない服装らしく、彼女は顔を歪めながら近くのショップへと足を踏み入れた。そこで適当に動きやすい服を見繕って貰い、黄金から与えられていたカードで払ってしまう。購入した服のまま外へ出ると梦は次にクレープ屋へと立ち寄った。まるでタワーの爆破をしたことを忘れたように行動をし、そうやって鎮目町を彷徨いて行く。不意に彼女は足を止めた。視界に映る青。一瞬にして不機嫌そうな表情に転じた梦は食べていたクレープを完食してしまい、それから口を開いた。



「青服さん、そこ邪魔なんだけどー」
「御柱タワー爆破の容疑者として捕縛する。だから、大人しく従ってくれないか。君みたいな少女を傷付けるのは気が引けるからね」
「何それ。フェミニストってやつ?セプター4の秋山氷杜さん」
「えっ、秋山と知り合いだっけ?俺は昨日会ったけど…」
「馬に何度も顔面を蹴られた間抜けな道明寺アンディ。と言うか馬に蹴られるってさぁ、人間としてどうなわけ」
「はぁ!?な、なんで知って…!?」
「ふはっ、僕は何でも知ってるよ?その頭が空っぽってこともね。…けど、僕の邪魔をするほど空っぽなのはさぁ、頂けないよ」



クレープとは反対側の手に持っていたアイスキャンディーを食べながら梦は言い放った。その挑発に青筋を立て始めた道明寺を嘲笑う彼女の影が可笑しな動きを始める。普通では有り得ない動きをしたかと思えば、影はぐにゃりと歪んで実体を形作っていく。獣のような形をしたそれが二人へと襲い掛かった。國常路梦は篠宮泡沫のように様々な能力を駆使する異質なストレイン。だが、彼女は泡沫が使わないような力までもを使用する。故に対処に最も困る相手だ。そんな彼女からの攻撃を避ければ、第二撃目が迫ってきていた。それを青の力で相殺する頃には梦の背中は既に遠くまで離れている。追おうとした瞬間、離れた場所を歩いていた彼女が指を鳴らす。途端に頭上から大量の水が降り注いだ。



「あははっ、傑作!」



至極、機嫌が良さそうな彼女の声がその場に響く。性格悪ぃ…そう道明寺は無意識のうちに呟いていた。昨日の彼女は、あんな性格をしていなかったはずだ。礼儀正しく、どちらかと言えば控え目なもの。それが、どうしたら一日で彼処まで悪くなれるのか。何よりあの外見年齢は、間違いなく昨日とは異なりすぎている。本当に昨日の少女かと考えていれば、何故か此処まで聞こえてくる梦の爆笑する声に道明寺は顔を上げる。目の前にいる馬の足が顔へとめり込んだ。



「道明寺!?大丈夫か!?それより何で馬が急に…」



秋山が道明寺を揺すっても彼は目を覚ましそうにはなかった。見事に顔面へと刻まれた蹄の痕。梦は一通り笑い終えると笑いすぎた腹を抱えながら何処かへと消えていく。足取り軽くアイスキャンディーを食べながら彼女は、再び町中を徘徊する。何処からか取り出した二本目のアイスキャンディーを食べていれば、今度は吠舞羅の坂東と赤城に遭遇してしまう。だが、等の本人は焦ることなくアイスキャンディーを口に含んだまま首を傾げた。



「…吠舞羅?」
「うわぁ、本当に中学生みたいだね」
「関心してんじゃねーよ!おい、お前に話がある!だから大人しく着いてこい!」
「…くくっ、あははっ……!道明寺アンディと同じで馬に何度も顔面を蹴られた奴がいる!ねえ、どうしたらそんなに蹴られるの?バカなのかなぁ?」
「さんちゃんの黒歴史……」
「おい、翔平!ぼそりと言うなよ!」
「はぁ…可笑しい可笑しいよねー。直接、見てみたいなぁ。ねっ、坂東三郎太さん?」



にっこり笑顔で梦が言うと何処からともなく現れた馬。それが不意をつく形となり、坂東の顔へと馬の蹴りが炸裂する。それを見た彼女は堪えきれないとばかりに吹き出した。蹴られた坂東の横で驚きの声を上げた赤城は馬へと視線を向ける。本当に突然、現れたこの馬は梦の能力に間違いない。泡沫と同じなのだと結論付けたものの、これがどんな力によって現れたのかは分からない。そんな彼女は白銀の王のクランズマンであるネコと同じ認識操作の力を使っていた。つまり、この馬は幻覚なのだ。だが、人間の脳とは面白いものであり、本物だと錯覚すれば、それは現実的な痛みへと変化する。所謂、プラシーボ効果だ。これによって人は死ぬことだって有り得る。



「ふはっ、間抜けだねー。僕はもう堪えきれないよ。一日に二回も馬に蹴られる奴が見られるなんて…ふふっ」
「くそっ、さんちゃんの仇…!」
「止めとけばー?絶対に君じゃ僕を倒せないし。それにさぁ、君たちの捜してる人間は僕じゃないんだよね」
「え…?」
「と言うか、わざわざクランズマンに手を出すぐらいなら王を潰した方が早いし無駄な労力じゃん。そもそも赤のクランなんかに手を出したってメリットないし。だから追いかけ回すのやめてくんない?ただでさえ、青のクランがうざったいんだから」
「じ、じゃあ…!誰がやったって言うんだよ!」
「そのぐらい自分の頭で考えなよ?一から十まで教えてもらわないとならない子供じゃないんだしさぁ。そもそも本当にそいつは僕と同じ顔してたのかなぁ?世の中には不可思議なことが溢れてる。その現象の一つとして僕の顔に見えたとしたら?そんな可能性も考えられないなんて笑っちゃう……っと。危ない危ない」



ウサギからの攻撃を避けた梦は、そのまま電柱の上へと飛び乗る。相変わらずアイスキャンディーを食べたままの彼女が手を僅かに動かす。その途端に目に見えぬ力で何人ものウサギが地面へと押し付けられ、身動きがとれなくなる。それを眺めながら、梦は三本目のアイスキャンディーを出すとそれを赤城へと放り投げた。



「それ、あげるよ。おばかな赤のクランズマンの赤城翔平くん。そんじゃあ、ウサギの後処理お願いね」
「え、え……ええ!?」



梦は、ケラケラ笑いながら姿を消した。それも消えるように。取り残された赤城は茫然とするしかなかった。





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