偽物さがし | ナノ
まよいびとの帰還



梦は夜になっても御柱タワーに戻ろうとはしなかった。何処かのビルの屋上で膝を抱えながら、ぼんやりと夜景を見つめる。キャンドルと言うアプリが発する赤い色が彼方こちらで光っていた。クランズマンじゃない。その言葉がやけに胸に刺さった。そう、自分はクランズマンでも何でもない。あの時もそうだった。子供だから、クランズマンじゃないから。その理由で遠ざけられた。そして全てがリセットされた。真っ白な記憶がウサギの手によって修復されたのが一年前。目が覚めたのは、さらにその半年前。二年半も眠り続け、外に出られるようになったころには世間の何もかもが変わっていた。世界に取り残されたような感覚がしたのだ。懐かしい緑のクランも顔触れが変わっており、先代からのクランズマンも殆どがいなくなっていて。いても年月が経過したぶんだけ知らない人間になっていた。全部が全部、自分の知らない何かに変わっていたのは必然的なこと。それでも受け入れられない。自分の王が消えてしまった事実だけは。ぎゅっと膝を抱える腕に力が込めた瞬間、不意に背後の扉が開かれた。緩慢に振り返った梦は相手を認識して直ぐに自らを守るように。そして拒絶するように風で自身を包み込んだ。



「あ、えっーと…こんばんは」
「…吠舞羅の幹部の十束多々良さん」
「あ、俺のこと知ってた?こんな所でどうしたの?君も夜景を見に来たのかな?」
「…………」
「そんな警戒しなくても大丈夫だよ。此処に来たのは本当に偶然だからさ。…この風、君の能力?」



梦は何も答えようとはしない。ぎゅっと更に膝を抱えて小さく縮まりこむ。明らかな拒絶を示す態度。それに苦笑を漏らしながら十束は、風の影響を受けない程度の場所まで近付くと其処へ腰を降ろした。気になるのか彼女の視線が彼へと微かにだが向けられる。にっこり微笑めば、梦は直ぐに視線を逸らしてコンクリートの地面へと視線を落としてしまう。何か話題がないかと考えた十束は今日の出来事や、今まであったことなど他愛もないことを語っていく。それに微かに興味を示したものの双子の話題になると途端に梦は悲しそうに俯くのだ。



「…ねえ、何か悲しいことでもあった?」
「……王様、消えたの」
「王様?」
「クランズマンじゃなかったから、王様にダメだよって。此処から先は来ちゃダメだから帰りなさいって」



梦は、少しばかり幼い子供のように言葉を発した。彼女の指し示す王様が、黄金の王ではないことに気が付いた十束は黙ってその話を聞くことにした。この話を聞けるのは今しかないと思ったのだ。明らかに弱っている彼女から話を聞くのは卑怯だとの罪悪感がなかったわけではない。それでも聞かなければならないような気がしたのだ。



「何処に消えちゃったの?」
「ずっと遠い場所。王様がいなくなっちゃったから目が覚めなきゃ、こんな悲しくなんてならなかったのに」
「目が覚めなきゃって、どいうい意味なのかな?」
「……王様の力は石盤から与えられた強力なもの。それがぶつかり合えば、普通のストレインなんて死んじゃう」



ちゃんと理由を話そうとしない子供のようだと十束は思った。答えは言わないけれど、それに気づいてほしいとばかりの言葉。こう言うのは草薙の方が向いてると思いつつも、ここ数年ばかりの他の王権者について思い出してみる。一番当てはまるのは四年前の第五王権者と第六王権者同士が抗争の末に共倒れしたことだ。そうなると彼女はどちらかのクランに深く関わりがあり、尚且つその抗争に巻き込まれて眠り続けていたと言う事だろうか。だから王様が消えて、それが悲しいから目が覚めなければ良かったのだと言っているのだろう。仮定を確信へと変えるために十束は、ゆっくりと口を開いた。



「四年前の抗争のこと?それに巻き込まれて眠ってたの?」
「そう。目が覚めたら真っ白だったの。王様のことも全部忘れてた。千夜さんはね、仮死状態だった時に脳が損傷して記憶がなくなったんじゃないかって。でもね、違うって気が付いたの」
「気が付いた…?」
「巻き込まれたんじゃない、渦中にいたの。私が王様に言ったから抗争が起きた。記憶も故意に消されてた。今回も同じ。クランはいらない。王権者なんて消えてしまえば良いって。それだけの理由で」
「ちょっと待って。今回も同じってことは鎮目町で起きてることの理由を君は知ってるんだよね?だから黄金が君を保護してる?」
「御前は私が話さなくても何でも知ってる。だから、私の記憶がない理由も気が付いた。四年前のことも気付いたけれど、遅かったって。だから、その責任を感じて私を保護してくれてるの」



そこで漸くと梦の瞳の色が常磐ではなく黒だと言うことに十束は気が付いた。目の前にいる彼女は本当に國常路梦なのかと疑った矢先に彼女の瞳の色は常磐色へと戻っている。見間違いのはずはない。確かに黒だったはずだ。自分の目を疑いながらも梦の周りを取り囲んでいた風が消えていたことに気が付き、彼女へと歩み寄った。悲しげな表情をする梦の頭を撫でれば、少しだけ視線が上へと向く。



「一先ず帰ろう。こんな遅い時間だし、ウサギも心配してるんじゃない?」
「……はい」



小さく頷いた梦は立ち上がり、大人しく手を引かれるがままに階段をくだって下の階へと降り始めた。黙々と降り続け、ビルの外へと出ると丁度、セプター4の道明寺と遭遇した。何でも黄金からの要請で彼女を捜していたようだ。それを耳にした梦は顔を真っ青にさせながら平謝りを開始する。それを何とか十束が宥めている間にセプター4の車が目の前までやって来た。どうやら、これで七釜戸まで送られるようだ。車に乗る直前に十束を振り返った彼女は僅かに微笑んでいた。



「ご迷惑をおかけしました」
「ううん、気にしないで」
「十束さんは、王様に似てる。……だから、これから言うことは独り言です。王嫌いの彼は新たな王が欲しいんです。自分の意のままになる王が。王の素質がある櫛名アンナの身辺に気を付けて下さい。クランズマンであってそうでない者が動いています。一年前のように」



それだけ言うと頭を下げ、大人しく車へと乗り込んだ。何故かセプター4の誰にもその話は聞こえていなかったらしく何の反応もない。おそらく何らかの力を駆使して十束にしか聞こえないようにしたのだろう。与えられた情報を参謀に伝えるために十束は車が立ち去ると同時に走り出した。





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