偽物さがし | ナノ
棘だらけの散歩道



抱えられたまま時が止まったように硬直した梦は呆然と流れていく景色を見つめていた。おそらく下手に暴れれば落とされてしまうだろう。故に動かずにいたが、それよりも驚きが勝ったがために何も言えなかった。乾いたアスファルトにシミを作るように僅かだが血が落ちていく。それを目にし、再び目の前がぐらついた。



「あ、あの、伏見さん…降ろして頂けませんか、」
「トロい」
「はい?」
「トロいから、このままの方が早い」
「そ、そうですか…」



しょんぼりと肩を落とし、揺られるままに身を任せていれば大きな建物が見えてきた。東京法務局戸籍課第四分室通称セプター4。その本部とも言える場所に連れてこられれば流石の梦でさえも、焦りを感じるより他はない。双子の泡沫がとにかく毛嫌いしている青の王もいるのだ。こんな事が知られれば、自分とてただでは済まない。悪くて頭にトリプルアイスクリームか、良くて説教だ。まさに顔面蒼白とばかりの梦を一瞥し、伏見はそのまま椿門を潜っていく。其処で漸く地に足が着き、安堵の息を吐き出す。だが、まだ完全に安心するわけはいかない。如何にして此処からHOMRAへ帰るかが問題である。



「伏見さん、戻られ……篠宮泡沫!? え、伏見さん、どうやって…」
「篠宮梦の方だ。室長は?」
「あ、室長室におられます」



どうやら双子の見分けがつかなかったらしい隊員は驚きながらも宗像の居場所を伝える。それを傍らで聞いていた梦は青い顔を更に青くさせ、不安そうに視線を下へと落とした。処刑執行を待つ囚人のような気分で後へと続く。そして辿り着いた室長室を前にして伏見は扉をノックし、中へと入った。扉の一歩手前で止まったまま中を見れば、宗像とセプター4のNo.2にあたる淡島の姿。二人は畳の上に座っているが、室内は和洋折衷のようで半分は洋風である。



「どうかしましたか、篠宮梦さん。中へお入りなさい。 …おや、怪我をしているようですね。淡島君」
「はい。 大丈夫よ、此方へいらっしゃい」



何処からか取り出した救急箱を片手に手招きをされ、恐る恐る足を踏み入れる。思い出したように痛む傷に眉を寄せながら指示された場所に座り、ゆっくりと制服の袖を捲った。出血のわりには傷が浅いように見受けられるそこに消毒液が掛けられ、痛みに僅かに表情を歪める。やはり痛いことは苦手だ。最後に包帯を巻かれた傷を見つめ、それから淡島に頭を下げた。さて、これからどうなるのか。梦は漠然とした不安から、ちらりと宗像に視線を向ける。にこりと微笑まれ、慌てて視線を逸らした。もしかしたら宗像礼司は苦手なのかもしれない。



「そう怯えないで下さい。別にとって食べたりはしませんから」
「はい…」
「しかし大変ですねぇ。追われる身とは。しかも相手はただの子悪党どころではありませんし」
「――!! あの、宗像さんはご存知なんですか…?私達が誰に追われているのか、」



自分すら知らない相手の正体に対し、純粋な問いを口にすれば僅かに宗像の表情が変わる。虚を付かれたとばかりの表情に梦は戸惑いながら返答を待った。泡沫は確実に何かを知っているが、けして教えてはくれない。ならば、第三者に訊くより他はないのだ。



「ご存知ではないのですか?」
「はい。何も教えてもらえなくて…それに、わたしはっ、」
「私は?何かあるのかしら?」
「……追われるようになった前後の記憶がないんです。泡沫は、その理由も知ってるけど話してくれません。あのっ、本当に誰が私達を…」
「…先代緑の王のクランズマンです。理由は私にも分かりかねますが」



先代緑の王のクランズマン。告げられた相手の正体に梦は訳がわからなくなった。何故、クランズマンに追われなければならないのか。それは自分の欠けた記憶に関係するのか。疑問だらけの混乱した頭を抱えながら茫然とする彼女に宗像は自宅に送ると言う旨を伝える。それにぎこちなく頷き、淡島の手を借りながら立ち上がった。伏見に伴われながら来た道を戻り、椿門を潜る。黙ったまま下を見つめながら歩く梦を一瞥し、伏見は舌打ちを漏らした。そのまま街中を歩いていれば、何かが目の前で急停車する。視線を上げた梦が捉えた姿は焦った様子の八田であった。



「みさき、くん…?」
「お前、何で猿と…。それどころじゃねえ!泡沫がお前から連絡もらったて飛び出したっきり連絡が取れなくなったんだよ!」
「端末落として…泡沫に連絡なんて、」
「それにこいつストレインに襲われてたからな」
「じ、じゃあ…!!」



梦を語った何者かに呼び出され、連絡が取れない。その事に対し、背筋が冷えていく。泡沫に限って命の危険なんて、あるはずがない。様々な力を行使できる彼女に――。そこまで考えて、はっとした。どうして力がない自分が狙われるのだろうか。泡沫を利用するための人質に利用するためか。はたまた、単純に見分けがついていないのか。考えたところで答えは分からず、ただ片割れの危機に足が自然と動き出していた。






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