偽物さがし | ナノ
右手と右手を重ねたら



あれ以来、泡沫はセプター4を完全に敵視しており、巡回中の彼らを避けるような行動を見せていた。そんな彼女だが部活の方でなかなか活躍しているらしく、本日も急遽練習試合に駆り出されていった。応援に行くことを拒否され、一人残された梦は意気消沈の体で吠舞羅に預けられている状態。あまりの落ち込みように吠舞羅の面々も苦笑を漏らす。



「元気出せって、な?」
「あんなに拒否されるなんて…」
「そう言えば、泡沫の部活って?」



十束の些細な疑問に梦は突如として常磐色の瞳を潤ませ、泣きそうな表情で必死に下唇を噛み締め始める。その光景に周りは、ぎょっとした。ここで万が一にでも梦を泣かせ、それが泡沫にバレた場合は大惨事が引き起こされてしまう。過保護を通り越したシスコンぶりには赤のクランとは言え、手に負えないものがある。大人しく梦の膝の上に座っていたアンナは徐に膝の上から降りると赤いビー玉を取り出し、それを覗き込んだ。その様子を固唾を飲んで見守る。



「教えてくれないんだね」
「…は? まさか泡沫の部活しらんのか?」
「はい。教えてって言ったら思い切り怒られて…。しかも今日は一緒に買い物に行くって約束してたのに…」
「そっかー。ほら、泣かないの」
「ううっ、すいません…」



よほど楽しみにしていたらしく、時が経過すればするほどに目には涙が貯まっていく。基本的に梦が外に出る機会は決まった場所以外は皆無に等しい。久しぶりの買い物のためか服装も何時もより可愛らしいもので、泡沫が呼び出されるまでに準備を終えてしまっていたのだろう。それも助長し、彼女の落ち込みようは激しい。



「…じゃあ八田さんと行けば良くないっすか?ようは一人じゃダメなわけだし」
「八田ちゃん」
「八田」
「八田さーん」
「……行けば良いんだろ!?行けば!!」
「み、美咲くん、別に嫌だったら…」
「べ、別に嫌とは言ってねぇだろ!さっさと行くぞ」
「…そっか。ありがとう」



慌てたように言い募っていた梦だが、八田の嫌ではないという言葉に嬉しそうに微笑んだ。それに対して八田は顔を赤くし、にやにやと笑う面々に悪態を吐きながら先に出ていってしまう。提案してくれた鎌本を筆頭に梦はお礼を言い、頭を下げてから後を追うように出て行く。八田は少し離れたところにスケボーを持ちながら立っており、駆け寄って隣へと並んだ。



「先に言っとくけどよ、女が好きそうな店なんて知らねぇからな」
「大丈夫だよ。泡沫が嫌がるからあんまり行かないし。美咲くんって何時もどんなことしてるの?」
「ゲーセン行ったりとか」
「げーせん…?」
「……知らないとか言わねぇよな?」
「聞いたことはあるけど行ったことはないかな。泡沫にまだ早いって言われて行ったことないの」
「何だ、そのまだ早いって」
「んー、何だろうね」
「泡沫に訊けよ」



八田の言葉に困ったように笑いながら町を歩いていく。正直、こんな風に鎮目町を歩いたのは初めてかもしれない。必要最低限の道しか通らないうえに逃げ回っているときに町を見渡すような余裕もないのだから。それを考えると感慨深いものもあり、キョロキョロと辺りを見てしまう。そのためか人混みに揉まれ、流されてしまう。美咲くんに怒られそうだ。そう考えつつ、いったん人混みから抜け出して八田の姿を捜す。お世辞にも高くない身長のため、なかなか見付からずに端末を手に取った、その時だった。



「梦っ!!」
「美咲くん、」
「何してんだよ!心配させやがって…」
「う、ごめんなさい…流されちゃって」
「ったく…。ほらよ、」
「え?」
「だから…! またはぐれたら困んだろ!」



差し出された手に目を丸くさせていれば、気恥ずかしさのためか半ば怒鳴るように言われてしまう。瞬きを数回繰り返した後に、その手を取った。耳まで赤くなりながら歩き出す八田を見ながら草薙が言っていた言葉を思い返す。「八田ちゃんは純情やからなぁ」 まったく、その通りで小さく笑っていると近くに鎌本がよく行くクレープ屋があるらしく、そちらへと足を向け始める。其処はメニューも豊富で目移りしてしまいそうだったが、迷うことなく苺のクレープを頼んだ。



「美味しいね。流石、鎌本さん」
「あれは、ただのデブだろ」
「美咲くん酷い…。頼まなくても良かったの?」
「何時も彼奴に奢らせてるし」
「そっか。今度、アンナちゃんと泡沫と来たいなぁ」
「あー、連れてきてやるよ」
「ほんと? ありがとう」
「大したことじゃねーよ。てか、お前って直ぐに礼とか言うよな」
「そうかな? 礼儀は弁えなさいってよく言われてたから。…あれ、誰にだったかな…」



言われていた記憶はある。だが、誰にだったか。思い出そうにも思い出せず、曖昧に微笑んで話を終了させる。歩きながらクレープを咀嚼し、次なる場所へと向かう。今日は八田がゲーセンに連れていってくれるらしく、それを密かに楽しみにしながら遅れないように歩いていれば目の前の彼が急に歩みを止めた。ぴりぴりとした雰囲気に自然と眉が寄った。






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