偽物さがし | ナノ
帰ってきた黒猫



イライラ。そんな効果音が付きそうほどに泡沫は不機嫌そうに眉根を寄せて梦の体で貧乏揺すりを繰り返し、デスクの上で頬杖をついていた。入れ替わりを知らない人間が見れば恐らく目を疑うような光景だろう。泡沫は何が気に食わないのか、彼女がいる部屋に人が訪れるまで終始無言で扉の向こう側を睨み付けていた。部屋に入ってきた人物に隠しもせずに舌打ちをし、忌々しそうに目をすがめた。



「セプター4の室長さんが何の用なわけ」
「…伏見君、彼女は篠宮泡沫ではありませんか。私は篠宮梦を連れてくるように言ったはずです」
「何か知らないですけど入れ替わったみたいです」
「何かとは…」
「知りません」
「…まあ、良いでしょう。彼女の方が話が通じやすいと考えていただけですから。さて、何の用との事でしたが…一つ、取引をしませんか?」
「取引?お前ら青服とか?じょーだんでも有り得ない」
「そう言わずに話は最後まで聞いてください。けして悪い話ではないはずですから」



にっこりと微笑まれ、泡沫は胡散臭いもの見るかのように目を細めながら黙って話を聞くことにした。何せ聞かなければ何時まで経っても梦に体を返すことが出来ないと考えたからだ。他者の体での活動は案外と負担がかかるもの。異能を使ってる方はまだマシだが、そうでない方からしてみれば遥かに大きな負担が掛かっていると考えられる。出来るだけ早期に話を片付け、帰ることが最優先。おそらく梦は吠舞羅のもとにいるだろうから身の危険はあるまい。



「で?早くしてくれないか」
「端的に言うと君達を保護したいと考えています」
「は?」
「最近のストレイン絡みの事件は全てあなた方双子…いえ、篠宮梦を狙ったもの。ですから保護下に置かせていただければ身の安全は保証しましょう」
「…保護と言う名目の餌の間違いだろ」
「おや、心外ですね」
「あんたらが手を焼いてるのは知ってるからな。それに彼奴が狙われてる理由を知る機会も増えると踏んだだけだろ」
「これは手厳しい。しかし私はあなた方を追っている人物には心当たりがあります」



宗像の言葉に泡沫は目を丸くさせ、思わず顔色を変えた。果たして、この言葉は真実か。真意を探るために観察するように見つめてみても相手の表情は変わらぬまま。喰えないメガネが…と心中で吐き捨て足許に置いていた鞄から端末を取り出す。それに視線を落とし、次いで宗像へと視線をやる。この誘いに乗るべきか否か。梦を利用することは許せないが、安全を計れるならば。



「…もしもし、梦?」
【泡沫!? いま何処にいるの!?】
「心配しなくても平気だよ。あのな、」
【ん?何?】
「今の生活に満足してるか?毎日、追われてさ…」
【え? んー…大変だけど満足してるよ。吠舞羅の皆にも会えたし、泡沫が笑ってくれてるから】
「そっか…。ん、分かった。もう少ししたら帰るから皆といろよ」
【うん】



通話を終了し、改めて思い直す。梦が現状に満足しているならそれでいい。欲を言えば、二人で普通に暮らしていたい。そのためにセプター4の提案を受け入れると言う手段もある。だが、梦がそれを望むだろうか。きっと望まない。あの梦が自ら吠舞羅のメンバーと仲良くしたいと言ったのだ。それなのに引き離すなんて事は泡沫には出来そうにもなかった。



「あー、悪いけど断る。あれが今の生活を望んでるしな」
「…それほど、あの集団がお気に入りですか」
「みたいだな。って事で私は帰らしてもらうぞ」
「伏見君、送って差し上げてください」
「…分かりました」
「結構だ」



きっぱりと断り、その場で瞬間移動の異能を駆使する。瞬時にがらりと視界が変化し、見慣れたバーの前に立っていた。あまり梦の体では力を使いたくはなかったのだが致し方あるまい。そう思いつつ、扉へと手を掛けた。開けようとした時に勝手に扉が開き、何かが飛んできたかと思うと唐突な事に避けきれず、その下敷きになってしまう。



「っつ…」
「うお!?泡沫!?」
「…おい、八田。さっさと退け」
「わ、悪ぃ!!」
「泡沫! 大丈夫?怪我してない?」
「八田にぶつかられた意外はないな」
「おー、すまんすまん。まさか投げた先にいるとは思わんかったわ」
「梦の体に傷がついたらどうしてくれるんだ。…取り敢えず、戻すからな梦」
「うん。ありがとう、泡沫」
「別に礼を言われることはしてない」



額をこつんと合わせ、目を閉じる。次に目を開けたときには互いの体に戻っていた。異能の反動で体の節々が痛んだが、どちらからともなく小さく微笑んだ。






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