分からないでいいの。
――あ。
アップルパイを食べ終わって、お水を一口飲んだあと。ふと思い出した。考えなければいけないことがあることに。
そのために時間をくれたんだよ、坂田さんは。早く、考えないと、決めないと……。
――な、にを決めるんだっけ……あ、そうだ。近藤さんの所で過ごすか、ってことだっけ……近藤さんはこういう選択肢があるだけだから、って言ってて……。
――えっと……
「考え、まとまってる?」
坂田さんの急な確認に、身体を強張らせる。『考え…』と視線を机に向け、言葉を濁らせてみる。するとあら不思議、坂田さんが食べていたでっかいパフェは時すでに坂田さんの胃袋の中にいた。
「一人で解決できるようなもんなの? その悩みごとは」
『……え、っと…』
「ん、ああ、怒ってるわけじゃねえよ。一人で解決できるような案件ならいいんだけど、人生誰かを頼らねーと解決できねェものもあるんだよ。後者の方なら、一人で悩む時間勿体ねえだろうなと思って」
『……そうですね』
「うん。考えられそう?」
考えられるは、考えられると思う。うん。だって、正直言うと答えは決まっている。でも、それで良いのかと躊躇っている自分がいる。本当に、それで良いの?って。みんなの期待を裏切っちゃうよ、って。私が、私にたくさん問いかけている。そのたくさんの問いは、きっと誰かが止めないと終わらない。
『――大丈夫です。一応、決まってはいます』
「あ、そうなの? そんな悩むことでもねェの?」
『……そうですね。私には悩む必要はないっていうか…いや、最初から答えは決まっていたんです。でも、決心がつかなかった、っていうか…』
「…ふうん。…で、どっち選んだの」
『…え?』
「実家に帰るか、近藤のとこで暮らすか、どっちにしたの」
――いや、どっち、って……。
――知ってるじゃん、この人…。
しかし、怪訝な顔していいのか、どういう顔で反応すればいいのか分からず、とりあえず『知っていたんですか?』と尋ねた。すると、銀時さんは苦笑しながら頷いた。
「偶然、耳に入っちまって。悪い」
『…そうだったんですか』
「…どっち選んだか、教えることってできる?」
『…大丈夫ですよ。私は、実家に帰る方を選びました。…後悔はしてないですよ』
「…へえ、意外。気に入らなかった? こっちは」
『…いえ、近藤さんも優しい人ですし、まだあんまり見れてないですけど、良いところだとは思うんです。…でも、良いところだから…合わないな、って思いました』
「……どういうことよ?」
『……良いところすぎて、緊張しちゃうんです。実家の方が、安心するなって思って』
「……ふうん。そう。んじゃあ、補足」
坂田さんは、きらきらと光るコップの水滴を指でなぞりながら、口にする。
「あんたの言った通り、近藤は悪いやつじゃねえ。良い人そうに見えて裏では…っていうようなタイプでもねェ、裏表がないやつだ。あそこで暮らしてる子どもたちも純粋無垢なやつらばっかだし。最初は慣れねェと思うが、住めば都だ。あんな優良物件、早々ねェぞ」
『…そうなんですか』
「……あら、悲しい。あんまり響いてねーな、その様子じゃ」
『…すいません』
「…んじゃあ、ひとつ質問。選択はそっちに決まってんのに、決心がつかなかったってどういうこと? どっかに悩むポイントがあったわけ?」
『…はい。そうですね』
「…どこにあった? 参考までに、教えてくんねェかな」
坂田さんが、眉を寄せて、緩く笑みを浮かべる。彼の優しいお願いは、なぜだか断る気にならなかった。
『…いいですよ』
でも、少しだけ。全部は教えない。
『…近藤さんの方を選ばなかった理由は……私に相応しくなかったから。だから、実家に戻る方を選択しました』
「…そんなことねェけどな」
『……選択しても尚、決心がつかなかった一つの理由は……悔しかったからです。相応しくないのが悔しかったから。私も、あんなに優しい人たちと一緒に笑って、過ごしてみたかった』
「…どういう、」
『坂田さん』
坂田さんが前のめりになって、私の言葉の続きを促していた。
でも、これ以上は坂田さんに言う必要はない。だって、彼は優しいから。土方さんみたいに、近藤さんみたいに、みんなみたいに、優しい、素敵な方だから。
『…この話は終わりです。ありがとうございます、気遣っていただいて…こっちで、坂田さんに会えてよかったです』
「……そりゃどうも。俺は、近藤んとこにいることはあまりねェが、連絡くれりゃいつでも駆け付けてやるよ」
『私の実家まで来てくれるんですか?』
「ああ。お前の頼みなら」
坂田さんはにっと笑みを浮かべると、椅子から立ち上がった。「そろそろ行くか。女子高生連れ回してたら、土方くんに怒られちまう」と伝票を手にした。私も同じように笑って、席を立った。
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