旦那様は一枚上手 ピピピピピ。と時計のアラーム音が朝の静かな部屋に鳴り響いた。 ベットから手が伸び、すぐにその音を止めて起き上がるのは、まさかこの年で結婚するなんて思ってみなかった旦那のマルコ。 隣で寝ている幼さを十分に残した嫁、名前を見て欠伸をする。 マルコが起き上がったせいで毛布はめくれ、寒くなった名前はぬくもりを探すよう手を動かし、マルコの服を掴んだ。 すると嬉しそうに笑ってスススッとマルコに近づいて再び寝息を立てる。 「ほら、起きろい」 名前の額を一度叩いて少し乱暴に起こすも、名前は起きようとはしない。 いつものことだが、朝に弱い嫁にマルコは頭をかいた。 そりゃあ自分だって寝ていたい。しかし仕事がある。 自分が名前の年ぐらいのときはいくら寝ても眠たかったのもよく覚えている。 「名前」 今度は肩を揺すって起こすと、名前は眉をしかめ、ゆっくり瞼を開ける。 「おはようございます、マルコさん…」 「ああ。ほらちゃんと起きろい」 「やだ…眠たい」 「遅刻するよい」 朝一番からマルコの顔を見れて嬉しそうに笑う名前だったが、マルコの言葉にすぐ不機嫌な顔になり、再び寝ようと目を瞑る。 それを許さないマルコが強めの口調で名前を呼んだが、「やだ」と駄々をこね続ける。 「お前も社会人ならいい加減にしろい」 「眠いもん…」 「オヤジ困らせたいのかい?」 「オヤジさんの為には頑張る!」 「じゃあ起きな」 「マルコさんがチューしてくれたら「先行くよい」マルコさあああん!」 いつものやり取りを今日も繰り返し、先にベットを降りるマルコに、ベットの上で「マルコさんのバーカ!ケチ!」と暴れる名前。 しかしすぐに暴れるのを止め、急いでマルコの後を追う。あのまま暴れ続けてもマルコが構ってくれないのは実証済み。 洗面台へ向かうと既にマルコが歯を磨いており、自分も隣に立って歯を磨く。 「俺が使ってんだから違うことしろよい」 「マルコさんと一緒に磨きたいの」 「邪魔」 「酷い!私はこんなにマルコさんのこと愛してるのに!」 「名前の朝飯が食いてェなァ」 「すぐ用意しますね!」 単純な嫁を扱うのはお手の物で。 名前は急いで歯を磨き、顔を洗い、キッチンへ向かって行った。 鏡越しにそれを見て声に出すことなく笑うマルコ。 キッチンへとやって来た名前は愛しい旦那の為に張りきって朝ご飯の準備に取り掛かる。 ブラックコーヒーは外せないからすぐ飲めるよう準備し、自分用のも作る。 「あ、その前に新聞…」 お湯のセットをし、玄関に向かう途中、洗面所から出てきたマルコとぶつかってしまい、後ろに倒れそうになったが、マルコがそれを支えてくれた。 「慌てるぐらいならちゃんと朝起きろよい」 「マルコさんのこういう優しいとこ好き!」 「意味わかんねェこと言ってねェでさっさとすませろって」 名前はいつだってマルコに恋をしている。マルコが何をするにもときめきが止まらないらしい。 そんなことは慣れっこのマルコはさっさと名前から離れ、部屋へ入って行った。 「そんなクールなマルコさんも好きだからねー!」 たったあれだけで今日一日のテンションは左右される。今日も元気に楽しく仕事ができそうだ。 ポストに入った新聞を取り、キッチンに戻る。 テレビをつけ今日一日の天気やニュースを適当に聞きながら、朝ご飯の準備をしていると、スーツに着替えたマルコが戻って来て新聞を広げる。 スーツ姿を見ただけでまた名前のテンションはあがり、口元を緩めながらコーヒーと朝食を並べて自分もイスに座った。 「マルコさん、ご飯食べるときは新聞読んだらダメなんですよ」 「んー…」 「聞いてますか?」 「……」 「もー…。でもスーツマルコさんも素敵だから許す!いただきまーす」 スーツ姿のマルコを見ながら朝食を手早く済ませる。 名前の熱い視線ももう慣れたもの。一向に動じることなく新聞を読み終わり、たたんでテーブルに置く。 「今日は少し早目に出るぞ」 「え、そうなんですか?聞いてないです」 「言ってなかったからな」 「何で言ってくれなかったんですかー!」 「言ったらうるせェだろい。それに名前はもう少しゆっくりできる」 「……そうだけど…」 「ごめんな?」 「好き!許す!」 マルコが微笑んで首を傾げて謝ると名前はそれしか言えない。 それを知っているマルコはずるい大人だが、そのときに笑う名前の顔が好きだ。 コーヒーを飲みほし、食べた食器も流しに持って行く。 名前も慌てて食べ物を詰め込みマルコの準備を手伝うも、用意周到な旦那様はあとは鞄を持って出かけるだけ。 「先に行ってるよい」 「はいっ。今日もオヤジさんに宜しく伝えておいて下さい」 「ああ。遅刻せずちゃんと行けよい」 「ちゃんと行ってますよー」 社長の秘書や、色んなことを幅広くしているマルコは名前より早い時間帯に出かける。 一緒に行きたい名前だが、時間帯が合わないのであれば、と我慢して大人しく玄関で見送る。全力で見送ろうとする。 「戸締りはきちんとしとけ。じゃあ」 「あ」 全力で見送るから、自分にも何かほしい。 背中を向けるマルコの服を掴んで止めると、動きを止めて振り返ってくれる。 「……キス、してくれないんですか?」 新婚でもないのに、名前はいつまで経ってもねだってくる。 それに、普段たくさん「好き好き」と告白しているのに、こういったことは少し苦手なようで顔を若干赤く染めつつ、声も控えめにマルコを見上げる。 「言わないと解らないだろい?」 「え?…あー…えっとですねー…」 「じゃあ行ってくるよい」 「あ、待って!キッキスし」 その先を言おうとしない名前に痺れを切らしたマルコがまた背中を向けると、名前は慌てて「キスして下さい」と言おうとしたが、マルコにキスされて言葉が中断されてしまった。 キスしてほしかったが、頬で十分だった名前は思わず目を見開いてしまった。 「行ってきます」 朝だというのに濃厚なキスをしたマルコは意地悪な笑みを浮かべつつ、自身の唇を舐め先に会社へ出かけた。 「……っもうやだ好き!ほんと好き!」 腰を抜かした名前がその場にうずくまり、しばらくの間悶え苦しんでいた。 ( ← | → ) ▽ topへ |