バレンタイン夢 | ナノ

不意打ちばかりの旦那

「おかりなさい、サボくん」
「ただいま名前」


いつも大体同じ時間帯に帰ってくる旦那のサボを、そわそわしながら待っていた嫁の名前。
コツコツと皮靴の音がマンション廊下に響き、聞き耳を立てていた名前は急いで玄関へと向かう。
この扉が開く瞬間がたまらなく好きだ。なんたって会いたかった旦那に会えるのだから。
サボが先に言う前に「おかえりなさい」と言ってあげるのが名前の一人で勝手に決めたルール。
その時に見せてくれるサボの薄く笑った顔が胸をキュッと締めつけ、たったそれだけで寂しかった時間が埋まった気がした。


「今日はいつもより早かったね」
「エースに仕事押し付けてきた」
「……大丈夫?」
「元はと言えばあいつが悪いから」


鞄を受け取ろうと手を出すも、サボはそれを「いいよ」と断り、自分で中へ持って入る。
名前としては疲れた旦那を労わってあげたいのだが、サボも重たいもの、ましてや自分の物を名前に預けたいと思わない。
ネクタイを緩めながら寝室へ入り、丁寧にスーツをかける。
その間に名前が部屋着を持ってきてサボに手渡す。これがいつもの流れ。


「名前に着替えさせてもらえるともっと嬉しいんだけど」
「サボくんっ」
「冗談だよ」


そう言って笑うけど、声音は結構本気だった。
脱いだシャツや靴下を集め、洗面台へと向かい、すぐに洗濯をする。
几帳面なサボのため、すぐに洗い、すぐに干し、綺麗におさめる。これを心がけている。
勿論サボに言われたからではなく、自分がそうしたい。


「名前ー」
「はーい」


呼ばれて居間に行くと着替えたサボが、作って置いてあった料理を温めていた。
すぐに駆け寄り、「サボくん!」と声を強めにして名前を呼ぶと、笑うだけ。
元々家事が好きだったサボだが、ここまでされたら嫁としての立場がない。


「サボくん、こういうのは私がするから座ってて」
「でも腹減ったし。名前が作る料理は何でもうまいからなァ」
「え、ほんと?」
「うん、本当」


そう言って不意打ちに頬にキスをすると、言葉を詰まらせまた「サボくん!」と声をあげる。
サボは楽しそうに笑いながら謝り、持っていたおたまを名前に渡した。
彼は爽やかでとても優しい旦那だが、時々子供みたいな意地悪や不意打ちのキスをしてくる。
これに弱い名前はただ顔を真っ赤にさせるだけ。特に不意打ちのキスに弱く、止めてほしいのだが、そのあとの満足そうなサボの笑顔を見ると何も言えなくなる。
受け取ったおたまで鍋をかき混ぜ、味見をする。


「よし、もういいかな」
「名前、ご飯どれぐらい食べる?」
「だから私がやるってばー」
「名前と一緒に何かしたいんだよ」
「っもー…サボくん甘すぎ」
「そう?」


自覚のない天然たらしな旦那に溜息をはいた。
サボにご飯をよそってもらい、二人揃ってイスに座る。
やっぱり一人で食事をとるより、こうして向い合ってご飯を食べるほうが何倍も美味しい。


「いただきます」
「いただきます!」


まだまだ食欲旺盛な旦那のため、お肉をメインの晩ご飯。
だけど野菜もちゃんとつけ、バランスをよく考えた。


「うん、美味しい」
「毎日サボくん頑張ってるからね」
「それは名前もだろ。今日のバイトは長かったんだろ?」
「んー、それほどでもないよ」


いくらサボが有名なエドワードカンパニーに務めているとはいえ、お金は必要。
それに二人は一軒家を買うことが夢で、そのために毎日節約と貯金を頑張っている。
学生時代から続けていたバイトを結婚してからも続け、そのうえ家事もしている名前に、サボが心配そうな顔を向けた。


「あんまりシフトいれなくていいからな」
「ありがとう。でも私も頑張りたい」
「そっか」


じゃあ頑張ろうな。と笑って、ご飯を口に詰め込む。


「サボくんは今日大変なことあった?」
「俺?そうだなー、別に大したことはなかったなー。エースは怒られてたけど」
「エースくんはいつも怒られてるね」
「あいつ営業はできるけど、デスクワーク弱すぎなんだよ。名前はなんかあった?」
「私?私はね、……あ、変なお客さんが来た」
「どんな?」
「会話が噛み合わないよくわかんないお客さん」
「変なことされた?」
「されてないけど……」
「何かされたんだろ?」
「学生さんが多くて…。ずっと見てくるし…。ちょっとイヤな感じだった…」
「そっかー…。辞める?」
「辞めない」
「ッチ…」
「舌打ちしないでよ。あ、でも可愛い子供が来てね、言葉足らずで「ありがとうございます」って言われたときはすっごく嬉しかったなー」
「子作り励みましょうか?」
「バカ。……って、私ばっか喋ってるよ!サボくんは?愚痴とかないの?」
「俺はないよ。それより名前の声が聞きたい」
「だ、だから不意打ちでそう言うこと言うの止めてよ…」
「名前の怒った顔も嬉しそうな顔も可愛いからな」


不意打ちばかりの言葉にご飯を食べなくとも胸がいっぱいになる名前。
勿論本心だが、不意打ちはわざと。
怒った顔も嬉しそうな顔も、困った顔も照れた顔も全部見たい。
聞きたかった声をもっと聞かせてほしい。
動きが止まっている名前の手をそっと握ると、ビクリと震えて自分を見上げる。
ちょいちょいと手招きし、顔を近づけた名前に自分も近づいて名前耳元に手を当て、小声で囁く。


「子作り励もっか」
「さ、サボくん!」
「アハハ!」


これで今日一日の疲れはとれた。明日からも頑張れそうだ。
真っ赤になって怒っている名前を抱きしめながら、いつものように悪びれることなく謝った。







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