楽しいお買い物? 「ゾロさん、着物買いたいです」 「………だな」 お昼過ぎ。 ようやく活動を始めた私とゾロさんは、街へ出かけた。 お酒、おつまみ。それから適当に歩いて、またお金を稼ぐ。今日は昨日よりたくさん稼げた! だから新しい着物が欲しいと言ってみると、ボロボロになった私の着物を見て、苦笑する。 汚れてたり、切れてたり…。あの森で色んな目にあったからな…。 宿屋の人に作ってもらった、大きなオニギリを頬張りながら、着物屋さんを探す。 「あ、ありましたよ!」 さすがグランドジパング。お店も大きければ、品ぞろいも凄い。 一気にテンションがあがり、駆けだそうとすると私を、ゾロさんが腕を掴んで引き止める。 「転ばねェ、ケガしねェ、迷惑をかけねェ。その自信があるなら俺から離れろ」 「すみません」 テンションあがっちゃうとついつい…。 素直に謝り、ゾロさんの隣に戻る。 掴まれた腕を見ると、ちょっとだけ赤くなっていて、ジンジンと熱を帯びていた。 乱暴だけど、私のこと心配してくれたんだよね? そんな小さな幸せを噛みしめながら、着物屋さんに入る。 「凄い数ですね…」 「俺ァ興味ねェから好きなの選んでこい」 「はい、すぐ終わらせますね」 そう言って適当なところに座って、すぐに夢の中へ旅立つ。 ゾロさんは、…というより男の人はこういうのに興味がないから、さっさと選んでさっさと帰ろう。 「すみません、安い着物下さい」 「安いのかい?お嬢ちゃんせっかく可愛い顔してんのに、地味なものでいいのかい?」 「え、あっ…。あんまりお金持ってないんで…。でも安くてもちょっと可愛いのがいいです」 「そうかい。じゃあちょっと待ってな」 か、可愛いって初めて言われた…! 恥ずかしさと嬉しさで戸惑いながら、今持ってるお金をお店の人に言うと、ニッコリ笑って着物を探し始める。 ……凄い数。それに色んな種類がある。あ、あの着物可愛いな。あっちは綺麗。さすがグランドジパング! 「こんなのはどうかね」 「あ、可愛い!」 「安いが可愛いだろ?」 「はい。これでいいです!」 お店の人が持ってきてくれたのは、自分の好きな色をベースに、花や蝶が刺繍されているシンプルな着物だった。 他の着物に比べて全然シンプルだけど、旅をしてるわけだしこれで十分!どうせまたボロボロになるんだし。 「ありがとうございます。すっごく気に入りました!」 「そうかい、そりゃあよかった!あ、あの人に見せなくていいのかい?」 「え?ああ、ゾロさんですか?いいんです、こういうのに興味ないんで」 「男ってのはそんなもんだけど、恋人なんだろ?」 「こっ…!?恋人なんてとんでもないですっ。違います、全然違うんです!」 「真っ赤な顔で言われてもねェ…。じゃあお嬢ちゃんは好きなのかい?」 「すすす好きとかそんなっ…!いや、間違ってないですけど、恋人とかそんなんじゃなく…。……尊敬してるんです。優しいし…。でも恋人になろうとかそんなんじゃなく、えっと…!」 「アッハッハッハ!すまないねェ、ついつい若い子からかっちまったよ」 「いえ…」 「お詫びに少し安くしといてあげるよ」 「あ、ありがとうございます!」 ついでに着替えさせてもらい、お得な買い物ができた。 着替えてお店の人に確認のため見てもらい、「これであの人に褒めてもらったら完璧だね」とまたからかわれた。 ゾロさんそういうこと言う人じゃないって解ってるけど、どうしても顔が赤くなってしまう。 「素敵な着物をありがとうございました」 「よかったらまた来てね」 「はい!宣伝しておきますね」 「そりゃあ助かるよ」 お金を払い、頭を下げて荷物を背負う。お酒が重たい…。 「ゾロさん、買い物終わりました」 肩を叩いて起こすと、すんなり起きてちょっと驚く。 いつもだったらもうちょっと時間がかかるのに…。すんなり起きるゾロさんは珍しいな。 目を開き、私をジッと見てから、立ち上がる。 どうかしました?って声をかけるけど、無視された。 無言のまま持っていたお酒も奪われ、お店を出て行くので、急いで追いかける。 だけど新しい着物でうまいこと動けない…! 「ゾ、ゾロさん…!待って下さい」 そう声をかけると、歩みを止め、戻って来てくれる。 だけどまだ無言のまま…。いい夢みなかったのかな? 不思議に思いながら、隣を歩いてくれるゾロさんをバレないように見上げると、ちょっとだけ機嫌が悪そうだった。 あ、きっと起こすタイミング間違えたんだ。これはヤバイ。 「えーっと…。起こすタイミング間違えちゃいました?」 「あァ?」 いつも以上に低い声に、思わず心臓が飛び跳ねる。できることならこの場から逃げ出したい…。 「いや、気持ちよく寝てたのに起こしたから怒ってるのかと…」 「バカか」 あ、ダメ。名前泣いちゃう。一言がこんなにも重たいなんて初めてだよ! 怖くなって少し離れて歩くと、鋭い目で睨んでくる。その視線だけで死にそうです。 だから慌てて戻るけど、強い圧迫感がビシビシと伝わってきて、居心地悪い。 「じゃあ何で怒ってるんですか…」 「怒ってねェよ」 「そうなんですか?」 「すこぶる機嫌がいい」 そうは見えませんけど! ってツッコミたかったけど、そんな空気ではない。 結局、宿屋に帰るまで機嫌がよくなることはなく、夕食も微妙な空気のまま夜を迎えた。 いつもなら花札などで遊ぶのに、それすらもできない。 刀を手入れするゾロさんの横で、膝を抱え、今日のことを振り返ってみる。 着物を買う前まではよかった。起こして機嫌が悪くなった。 起こしたから?いやいや、ゾロさんを起こすのはよくあることだしなァ…。 ……もしかして、お店の人との会話を聞かれたから? これだ! え、でも私よくゾロさんに「好きです」って言ってるよ?好きって言うたびスルーされるけど。 ああ、イヤなんだ。そうだよねー、私みたいな疫病神に好かれたって嬉しくないですもんね。 それなのにお店の人からは恋人扱いされたり、尊敬してますって告白しちゃったり…。 うわ、理由が解ってスッキリしたけど、なんだか悲しい。 ゾロさんに嫌われたらまた前の生活に戻る。それはイヤ。 ……だけどゾロさんもこんな面倒な女と一緒にいたくないよね。 私のことばっか考えててゾロさんのこと全然考えてなかった。じゃあ怒っても無理はない。 ならばどうする?分かれるべき?う、それはイヤ…。だけどゾロさんは……。 「ガキ…」 「は?」 ワガママばっか言う子供だ、私は。 思わず声に出てしまった言葉に、ゾロさんが反応し、私は両手を振りながら「何でもないです」と答える。 …何でもないわけないんだけどね。どうしよう、聞こうか。 でも、「邪魔ですか?」「邪魔だ」って言われたらきっと泣く。だからってこのままにしておくとモヤモヤして気持ち悪い。 「おい」 「は、はい!」 不意打ちに話しかけられ、口から心臓が出るかってぐらい驚いた。 激しく動く心臓を押さえながらゾロさんのほうを向くと、いつものオーラに戻っていた。 「お前、また変なこと考えてただろ」 「へ、変なこと?」 「別になんとも思っちゃいねェよ」 「……それは…えっと、私のいいほうに取っていいんですか?」 「あァ」 「ほんとですか?ほんとにそう取っていいんですか?」 「本当にそう思ってんなら、とっくに置いて行ってる」 「よかった…。あ、でも何で私の考えてること解るんですか?」 「態度見りゃあ誰でも解るっつーの」 刀を収め、丁寧に布団近くに置く。 さ、さすが僧侶…。よく観察してるんだなー…。 尊敬に似た眼差しでゾロさんを見ると、気まずそうに顔を反らす。 あ、恥ずかしがってる。ジッと見られるの苦手だもんね。 「あの、でも何で怒ってたか理由は知りたいです。気をつけますから」 「そういう人の顔色を窺うの止めろ」 「……そう、ですね。ついつい」 「じゃあもう寝るぞ。明日は行くとこがある」 「解りました!明日こそちゃんと起きます!」 「だな。気をつける」 笑って布団に入る。 火をフッと息をかけ消し、「おやすみなさい」と言うと小さな声で「おやすみ」と珍しく言われ、何だか嬉しくなった。 ( ← | → ) ▽ topへ |