第一印象は大切に 「初めまして、今日隣に引っ越してきました」 「はァ…」 締め切り間近の原稿に追われていたら、家のチャイムが鳴った。 まさかもう来たのか?と焦り、居留守を使ってやろうかと考えたが、「すみません」と声をかけるのは女の声だった。 ホッと息をつき、重たくなった腰をあげる。そう言えば長時間座っていたな…。 眼鏡をかけたままドアを開けると、まだ幼さが残る女の子が一人。 驚いて黙っている俺を見て、冒頭の台詞を言った。 「きっと絶対ご迷惑をかけますが、宜しくお願いします。あ、これどうぞ」 「どうも」 礼儀正しい女の子に、感心しながら蕎麦が詰まった箱を受けとる。 若い子にしちゃあしっかりしてるじゃねェか。 女ならうるさくしないだろう。それなのにおかしいことを言う。 悪い印象を受けなかったので、帰ろうとしない女の子に話しかけてみた。 「親はどうした?子供に行かせるほど忙しいのかい?」 「あ、うち親いないんです」 「…そうかい、それは失礼なことを聞いたな」 「いえ、その代わりに兄が二人、弟が一人いますので」 ニコリと笑う女の子から、「十分幸せです」というオーラが伝わってきた。 余程いい兄貴なんだろうな。じゃあ尚更うるさくしないだろう。 「おーい、名前〜?」 「あ、サボお兄ちゃん」 隣のドアが開いて、顔を出したのは真面目な印象を受ける好青年。 俺を見ると少し真面目な顔になり、頭を下げた。 「初めまして。隣に引っ越してきたものです。俺はサボ、こっちが妹の名前です」 「ああ、今この子から聞いたよい。俺はマルコ」 「マルコさんですね。きっと絶対ご迷惑をかけると思いますが、仲良くして頂けると嬉しいです」 「お、おお…」 ニコッと笑う男、サボ。その隣でニコニコしている妹、名前。(似てねェ兄弟だな) この二人が騒ぐようには到底見えない。 変なこと言うな。とまた疑問に思ってると、今度は激しくドアが開いた。 「名前がいねェ!」 「あ、ルフィ」 「名前!お前どこ行ってたんだよ!」 「挨拶してくるって言ったじゃん。ほらルフィもちゃんと挨拶して」 「おう!よっ!」 名前の背中に抱きついたまま、片手をあげた少年、ルフィをサボが遠慮なく頭を殴る。 心地いいほどいい音だったな…。しかも殴り慣れてやがる。 ルフィは痛さのあまり声にならない悲鳴をあげていたが、サボは関係なく名前から引き離し、無理やり頭を下げさせた。 「弟が失礼なことをしました。末っ子なもんでついつい…」 「いや、別に構わねェよい」 「すみません。ほら、ルフィ、ちゃんと挨拶して」 「ごめんなさい。初めまして、俺ルフィです」 「偉い子だね!さすが私の弟!」 「よくできたな、ルフィ」 「おう!」 なんだ、ブラコンか。聞かなくても解るよい…。 黙ってその様子を見ていたら、ルフィが俺の手元をジッと見てくる。 何を見てるのかと思い、自分も手元を見ると貰った蕎麦だった。 「オッサン、それくれ」 「「ルフィ!」」 で、結局三人の部屋へ連れて行かれ、一緒に蕎麦を食うことになる。 なんつーか…コイツらに警戒心ってのはないのかい? いや、俺も逆に思われるかもしれねェが、親がいないならもっと警戒したほうがよくないか? 「名前ー…肉食いたい…」 「可愛い顔してもダメ。引っ越ししたから今月も危ないの」 「ほらルフィ、俺の蕎麦も食っていいから」 「さすがサボ!うめェ!」 「サボお兄ちゃん大丈夫?私そんなに食欲ないし私のあげるよ?」 「俺は長男だからな。いいから食べろ」 ……絵に描いたようないい兄弟だな。 食べ終わり、出されたお茶をすすりながら思う。 「失礼なこと聞いて悪い」 「はい?」 「誰が稼いでんだい?」 「サボ!サボはすっげェ頭いいからすっげェとこで働いてんだ!でもエースはバカだけど、夜遅くまで働いてんだぞ!」 興奮気味のルフィに、サボは「すみません」と苦笑した。 「一応俺がサラリーマンして稼いでるんです。稼ぎもそれなりなんですが…」 「私とルフィの学費、奨学金の返済、食費などなど…。あっという間に消えちゃうんです…」 「大変そうだな」 「いや、寝るところがあるだけ幸せですよ。な?」 「おう!この間家から追い出されたときは何日か野宿したしな!」 「野宿…?」 「夏だからまだよかったよね。公園の水は使い放題だし」 「名前には悪いことした」 「それを言うなら皆もだよ」 「俺は楽しかったぞ!」 いやいや、楽しいとか言うレベルじゃねェだろ。 だけど笑っている三人を見て、同情するのは悪い気がした。 だから俺も少し笑って、「真似できねェよい」って言うと、「しないほうがいいですよ」と笑って返される。 「ところで、エースって言うのは?」 「あ、もう一人の兄です。大学生をしてるんですけどバイトばっかしてて…」 あっという間になくなった蕎麦の残骸を見て、妙に納得してしまった。 末っ子の弟は丁度成長期。食っても食っても足らねェんだろうな。 それで一生懸命働く上兄二人、か。 よく事件で兄が弟を殺すとか、子供を殺すとかあるが、そいつらにこの兄弟を見せてやりてェな。 「ところでマルコさんは何をされてるんですか?」 「俺かい?しがない小説家だよい」 「なァサボ、ショーセツカってうめェのか?」 「うまくはないな。ルフィにも解りやすく言うなら…そうだな。ほら、国語の教科書に出てくるお話があるだろ?それを書いてる人だ」 「わりィ。授業中いっつも寝てるからわかんねェや!」 「授業はちゃんと聞きなさいっていっつも言ってるだろ!」 「うわっ、サボ!止めろ!」 「あ、気にしないで下さい。いつもなんです」 「ああ、なんかそれっぽいな」 兄が弟に拳骨を食らわせ、弟はぎゃあぎゃあと喚き泣く。 「さァて、そろそろ帰るか」 「あ、すみませんせっかくお渡した蕎麦を皆で食べちゃって…」 「どうせ余らすだけだ。構わねェよい」 「あの、小説家さんって大変ですか?」 「あー…締め切りになるときつい」 「じゃあよかったら晩ご飯一緒にしませんか?」 「そりゃあ助かるが…。いいのかい?」 「……あの、本当にうるさくてご迷惑をかけると思うので…。そのお詫びと言ったら足りませんが…」 確かにうるさそうだ。(主にルフィが) だけどあれぐらいならなんとも思わない。 うるさくて集中できない。なんていう中途半端なプロじゃない。 「私あまり料理うまくありませんがそれでも宜しければ…」 「……甘えていいのかい?」 「はいっ!」 「じゃあ楽しみにさせてもらうよい」 「解りました。頑張りますね!」 素直な子だねェ…。 思わず頭を撫でそうになり、手を止める。(危ない危ない) 名前は不思議そうな顔で見てくるので、「何でもない」と言って背中を向けた。 すると、タイミングよくドアが開き、入ってきたのはソバカスの男。 疲れた顔をしていたが、俺の顔を見て、隣にいる名前を見て、また俺を見ると驚いた顔に変わる。 「あ、エースお兄ちゃんお帰りなさい」 「名前!男と付き合うならお兄ちゃんより強い人か格好いい人か、もういっそのことお兄ちゃんと結婚するかって何回も言ってんだろ!?何でよりによってオッサン何だよ!」 「ち、違うよ!この人は隣の人で、一緒にご飯食べただけ!ごめんなさいマルコさん…!」 ……ああ、こりゃあうるさそうな兄だな。 この兄弟、全然似ちゃいないが、性格が似ている。 この男とルフィはとにかくうるさい。やんちゃ坊主がそのまま大きくなっただけ。 逆にサボと名前は礼儀正しく、そして常識人だ。 「あ、そうでしたか。どうもすみません」 「結構礼儀正しいんだな。俺はマルコ。勝手に上がって悪かった」 「そりゃあ構わねェよ。だけど名前に手ェだしたらうっかり殺しちまうかもな」 爽やかに笑いながら名前の頬にキスをして、部屋へあがって行く。 やっぱおかしい奴だ。 「ちょっとシスコンなんです」 「それはお前さん達全員もだろい?」 「兄弟で力を合わせて生きてきましたからね」 フフッ。と笑い、部屋を振りかえると、エースとルフィが取っ組み合いの喧嘩を初めていた。 サボはそれを見ながら笑い、かと思ったら一緒になって喧嘩を始める。 確かにこれはうるさいな。 「あ、もしうるさかったら遠慮なく言って下さい。あと殴ってもらって構いませんので。私だと止められないので…」 「そうかい。じゃあ遠慮なく」 また部屋に戻り、ルフィとエースを引き離す。そして頭を殴ってやった。 遠慮なく殴ったせいで、文句を言ってくることもなく静か。 サボは「おー」と感心しながら拍手をしていた。 「目ェ覚めたかい?」 「ってェな…!」 「オッサン!何すんだよ!」 「名前が困ってんのが解んねェのかい?」 そう言うと二人は名前を見て、また俺を見て頭を下げる。 やっぱこいつら兄弟皆素直だ。 「じゃあ俺は帰るよい」 「何から何まですみません。あ、ご飯は七時ぐらいなんでそれぐらいになったら来て下さい」 「すまねェな」 「こちらこそ」 玄関まで送ってもらい、ドアを閉めた。 そう言えば久しぶりに人を殴ったな…。あんなに喋ったのも久しぶりだ。 「うるさかったけどな」 それでも当分の間うまい飯が食えると思うと、筆も進むってもんだい。 ( ← | → ) ▽ topへ |