悪夢を食べてくれる人の話 「ひっく…、う、うっう…」 今日も夜遅くまで蝋燭の灯りを頼りに本を読んでいた。 夜は誰にも邪魔されないから、自分のペースでゆっくりと文字を追うことができる たったそれだけのことだが、マルコにとってはたまらなく幸せで、日々の疲労を和らげてくれる。 いくつかのページをめくり、そろそろ物語りも中盤へと向かうころ、扉の向こうから何かがすすり泣く声が聞こえてきた。 聞き間違いかと思い、最初は無視をしていたが、それはずっと扉の向こうで泣いている。 幽霊なんて信じていないので、何が泣いているのか気になり本に栞を挟んで閉じた。 眼鏡をかけたまま、長時間座って固くなった身体を音をたてて伸ばしつつ、扉に近づく。 扉の向こうにいたのは、溺愛している妹の名前だった。 ナース達に買ってもらったであろう可愛いパジャマに身を包み、愛用のクッション枕を持って泣いている。 名前が袖で何度も涙を拭っても、涙は溢れ続けていて、それを見たマルコの胸はツキンと痛んだ。 名前のこういった顔は見たくない。名前にはいつも笑っていてほしいし、涙は似合わない。 そう思ってしまうのは、やはり擁護欲が強いからだろうか。 「どうした名前。何かあったのかい?」 いつものようにサッチやエースに虐められたのか?と聞くも、彼女は首を横に振り嗚咽をもらす。 名前の身長に合わせてしゃがみ、頭を撫でてあげるも一向に泣きやむ気配がない。 困ったな。とマルコが息をつくと、名前がマルコの首に腕を回し、ギュッと抱きついてきた。 耳元で泣く名前に、少しだけ焦りが出始める。 もしかしたら名前の中で何か大変なことが起きたのかもしれない。 名前の腰に手を回し、背中をポンポンと叩きながら「どうした?」と再び問う。 「怖い、…夢…。見ました…」 廊下は少し肌寒いから、名前を抱き上げ、部屋に戻る。 ベットに下ろしてあげるも、名前はマルコの胸に顔を埋めたまま肩を震わせる。 何も言わない名前だったが、抱きついて落ちついたのかゆっくりと喋り出し、マルコは黙ってそれを聞いてあげた。 「怖いよォ…!」 今日はナース達がおらず、あの広い部屋に名前一人だった。 「今日はお姉ちゃん達がいないからマルコさんの部屋に泊まりに言っていいですか?」と、いつものように困った発言をされ、「ダメだ。一人で寝ろい」と断った。 名前と寝るのは嫌いではないが、無意識に引っ付いてきたり、頬を擦り寄せてきたりされるのはたまったもんじゃない。 サッチやエースの部屋に行くことも禁じ、大人しく自室で寝ろと何度も何度も注意して、今日は別れた。 それがいけなかったのか、どんな怖い夢を見たか解らないが、名前は酷く怯えている。 起きていつもいるナース達がいないのがまたさらに恐怖を募り、ここまで来るのにも怖かっただろう。 名前の気持ちを思うと昼間の発言をした自分を殴りたくなる。 グシグシと泣き続ける名前を宥めるように背中を撫でてあげると、控えめに声をあげて泣きだした。 「お母さん、お父さん…!」 それだけで何の夢を見たか解った。 前も寝言でそんなことを言いながら涙を流していたのを思い出し、今回もその夢を見たんだと確信する。 じゃあもう「どうした」なんて聞けない。聞いたらまた思い出し、名前を泣かせてしまうだろう。 「お母さんに会いたいよォ…!帰りたいッ…!」 場所ではなく、あの頃に帰りたいと泣き続ける名前に、マルコは声をかける言葉が見つからない。 ただ黙って名前の背中を撫で、名前が落ちつくのを静かに待っている。 「マ、マルコさん、っは…」 泣きながら喋る名前に、「ゆっくりでいいよい」と優しい言葉をかけると、ようやく自分の顔を見てくれた。 蝋燭の灯りでよく見えないが、目が充血しているのが手に取るように解る。 頬に手を添え、親指で涙を拭ってあげると、鼻をすすってまた喋り出した。 「いなくなりませんよね…?親父殿も、エースさんも、サッチさんも…。皆、みーんな!いなくなりませんよね…!?」 両親と仲間を殺された、少女の切実な想い。 言うと目に涙を浮かべ、 「マルコさんも、いなくならないで…!」 「…」 またマルコに抱きつく。 しかしマルコはすぐに言い返せないでいた。 自分達は海賊だし、いつ何があるか解らない。命の保証なんてない。前にもそう言った。 それでも、この子を悲しませるなんてしたくない。 この子だけじゃなく、仲間が死ぬことも見たくない。 だから、この言葉は自分自身の願いでもある。 闇の中で目隠しをしても、 「名前」 「マルコ、さん…」 「俺は不死鳥だから絶対死ぬことはねェよい。名前が望む限りずっと一緒にいるよい。そう思ってるのは俺だけじゃなく、他の奴らだってそうだい。名前と一緒にいたい。だから毎日鍛錬して、己を磨いている」 「…」 「すぐには強くなれねェし、ケガするクルーを見て名前を不安にさせるかもしれねェが、仲間を信じろい」 「……」 「それに、白ひげのクルーは皆で協力して皆を守ってるからな。だからもう二度と家族を失うことなんてねェよい。解るかい?」 「…うん」 「それでも不安なら早く名前も強くなれ。名前も皆を守るんだい」 「……うんっ!」 いつものように元気よく返事をする名前を見て、マルコも優しく微笑む。 袖で涙を拭い、鼻水をすすってニィ!と歯を見せて笑う名前の額にキスをする。 驚いて真っ赤になる名前を見て、ようやく心を締めつけていた痛みから解放された。 「名前、今日は久しぶりに一緒に寝るかい?」 「はいっ。枕持ってきてよかったです!」 「名前はこれがお気に入りだからな」 「サッチさんに買ってもらったんですよ」 「そうかい。……名前、今度俺がもっと気持ちいい枕買ってやるよい」 「ほんとですか?じゃあ俺抱き枕が欲しいです!」 「それはダメだい」 「な、何でですか!」 「普通の枕しか買わねェよい」 「嘘つきですよ、マルコさん!」 「ダメったらダメだい」 「マルコさァん!」 駄々をこねる名前を無理やりベットに寝かしつけ、シーツをかけて横向きになって寝転ぶ。 左肘をつき、右手で涙で顔に張り付いた髪を触りながら「聞いてますか?」と文句を言っている名前を見て笑う。 笑うとさらに怒るが、彼女のその子供みたいな態度が愛おしく、どうしても頬の筋肉が緩んでしまう。 「もー…」 何を言っても笑っているマルコを諦め、眉をしかめながらシーツで口元を隠す。 でもすぐに笑って、ゴソゴソとマルコに近づいて服の裾をキュッと握りしめた。 思わず身体に緊張が走るマルコ。笑う余裕がなくなってしまった。 「マルコさん大好きです。これからもずっと一緒にいて下さい!」 握った服をクイッと少し力を入れて自分のほうに引き寄せると、いとも簡単にマルコの左肘は崩れ、重力のまま下へと頭が落ちる。 すると柔らかい何かか頬に当たり、今さっきのお返しです。と言わんばかりの顔で笑っている名前を見て、キスをされたと理解できた。 名前はマルコの胸に抱きついて静かに目を閉じ、数分経たないうちに一定リズムの寝息が聞こえはじめ、部屋はまた静けさを取り戻した。 「……やられた」 まさかキスをしてくるとは。と、右手で自分の口元を抑えた。 チラリと視線を自分の胸に落とすと、幸せそうな顔をして寝ている。 目の周りを擦ったあとを指でなぞると、くすぐったそうに動くが、起きることはなかった。 シーツを名前の肩までちゃんとかけ、自分も寝る体勢を整える。 蝋燭の灯はもうすぐ消える。 「悪い奴は俺が倒してやるよい」 右手で名前を抱きしめ、マルコもゆっくりと目を閉じた。 さらなる闇は訪れない 2010.12.19 ( × | → ) ▽ topへ |