鰯雲 匿名様・リリガジ



「おやおやリリーちゃん、今日は一人かい?」

夕日が街を照らす夕暮れ、常連として通っている八百屋の店主である老婆が、ふよふよと浮いて野菜を品定めするリリーに声をかける。
最近はガジルも連れて来ていたからか、あのお兄ちゃんはいないのねぇ、と微笑みかけて来た。
実がびっしりと詰まって美味しそうなトウモロコシを数本篭に入れ、あぁ、と頷く。
その身の丈からは想像も出来ない低く落ち着いた声だが店主はさして気に留める様子もなく微笑み続けた。

「それは葉っぱを剥かないでそのまま茹でると美味しいよ」
「そうなのか?」
「そうだよぉ、旨味と水分が逃げずに甘ぁく茹であがるんだよ」

ふむ、と頷くリリーに、そうだと店主はしわくちゃな手を打ち合わせる。

「リリーちゃんに渡したいものがあるんだよ」
「渡したいもの?」
「そうそう、リリーちゃんは力持ちだから持って帰れると思うけどねぇ…ちょっと待ってておくれ?」

ゆっくりとした動作で店の奥に消えて行く店主を見送り、こてんと首を傾げる。
何にしても今日の夕食分の野菜は買って帰ろう。
肉じゃが用にジャガイモと人参、玉ねぎを籠に放り込み、出てくるのを待った。







ことこと、大きめの鍋の蓋が揺れる。
最近は冷麦ばかりで味気なかったが、今日は新鮮な野菜を使った肉じゃがでしっかりと食べてもらおう、と言うのが狙いだ。
いつから主夫になってしまったのだろう。
そんな事を考えていると、ただいまーと呑気な声と共に、慌ただしい足音が近づいてきた。
ひょこりとリビングに顔を出した家主がぱちぱちと瞳を瞬かせる。
ガジル、お帰り。
お玉を持って振り向くと、家主ガジルは、おう、と言って笑った。

「お、いい匂いするな!!」
「つまみ食いはするなよ?まだ出来上がってないからな」
「解ってるって。にしても暑かったな…先シャワー浴びる」
「あぁ、先に汗を流しておくと良い」

ぱたぱたと服の裾をはためかせてバスルームへ歩いて行く背を見送り思い出す。
八百屋の店主から貰ったアレがちょうど冷えているだろう。
店主に勧められたトウモロコシも美味しく茹で上がっているから、それは食後に出すとして。
あぁ、やはりいつから主夫になってしまったんだろう。
エドラスにいた時は大剣を握っていた手はお玉を握っている。
しばらく右手を眺めてから、考えても無駄だな、と思考をぶったぎって冷蔵庫へふわりと飛んだ。

それから10分としない内にリビングへ戻ってきたガジルの姿に頭痛を覚えた。
ボリュームのある髪はしんなりと萎えてびちゃびちゃに濡れ、身に付けているのはトランクス1枚。
いくら暑くても風邪を引く、と何度も何度も口を酸っぱくして言っているのに、治る気配はない。
ちょうど切り終わったアレを皿に盛り、ソファに座ったガジルの脳天に皿を叩き付けるように置いた。

「いってぇ!!!!」
「髪くらい拭いてこい。ほら、拭いてやるからその間はこれでも食っていろ」
「だからって殴ることねーだろ…お、スイカ!!」

ローテーブルの上には一玉丸々切ったスイカの山。
傷がついてしまって売り物にならないから、と店主が譲ってくれたのだ。
元の体格に戻り、スイカに瞳を輝かせるガジルからタオルを奪い、頭を優しく包み込む。

「うまそーだな!いただきます!!………冷えててうめー!!」
「八百屋の店主から譲り受けた。今度は一緒に行って礼を言おう」
「おう!あー夏って感じだなー、暑いのは慣れねーけどスイカとかトウモロコシとか美味いんだよなー」
「トウモロコシもあるぞ。食後に出してやるからつまみ食いはするなよ?」
「し、しねーよ!!」

バスタオル越しに、ピクリと肩が揺れた事に口許に笑みを浮かべ、絡まらないうに髪を撫でる。
体だけ大きくなって、中身は子供のままか。
むしゃむしゃと気持ちがいいほど豪快にスイカを食べるガジルの姿が可愛らしい。
ひと通り拭き終わってから自分もスイカを手に取り、噛みついた。

「うむ、美味い」
「何か夏って感じだなー」
「空は秋模様に変わってきているが?」
「そう言う事じゃなくてだな…スイカとかこの暑さとか何か色々と夏っぽいだろ?」

種ごとスイカを一切れ食べ終わったガジルはまた一切れとってかぶりついた。
祭りはマグノリアが毎年開く納涼祭で散々遊んだ。
海にも行った、山でキャンプと言う名の修行もした。
ギルド恒例の肝試しでは、ビックリしすぎてお化け役を殴り倒して、血糊でなく本物の血を見る事

になった。
散々夏を堪能しているのでは?と思いつつ、そうか、とリリーは頷く。

「だが、日は短くなったな」
「そーだな、もう秋が近づいてるんだなぁ。それでも暑いけど」
「だからと言って腹を出して寝るのは頂けん」
「暑いんだから仕方ねーだろ?」

あぁこのまま秋に入っても変わらないのだろうな。
反省の色を全く示さない後姿は初夏から何も変わらない。
こうやって髪を乾かす事も変わらないのだろう。

「さて、そろそろドライヤーを使うか」
「腹減った」
「乾かしてからだ。そうだ、明日は何も予定を入れるなよ?八百屋の店主に礼を言いに行きたいからな」
「ん」

もふもふ、半乾きの髪を叩いて撫で、ドライヤーを取りに立ち上がる。

「あ、夏が終わるってんならアレだな」
「ん?」
「寒くなるって事だろ?そしたら、またリリーを抱き枕に出来るよな」

その言葉にガジルを見下ろせば、へへ、と嬉しそうに笑うガジルと目があった。
途端に胸の奥がむずがゆくなって、ポンッ!と元の大きさに戻り、逃げるようにバスルームへ飛び立った。
残されたガジルはポカンと口を開けて呆け、変な奴、と呟いて再びスイカにかぶりつく。

外に響く虫の声も変わり始めてきた。
また季節が巡る。
ご飯食べて早くトウモロコシ食べてーなぁ。
大人しくリリーを待ちながら、ガジルは頬を緩ませた。



E N D



リリガジでほのぼの、とリクエストを頂きましたが、いかがだったでしょうか?
ガジルはリリーの前では子供っぽい面が多く出ている感じがして、いつも以上に原作とかけ離れている気がしなくもないです…
そして主夫と化しているリリーが大好きです。

リクエストありがとうございました!!



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