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「苦しくないか?」 「む、大丈夫だ」
ちょこん、と女子更衣室の鏡台に座るリリーは、エクシードサイズに作られたタキシードを着ている。 その前には、踝が見える程度の丈の、黒いイブニングドレスに身を包んだガジル。 ネックレスやストールすらないシンプルな装いだが、真っ赤なバラをあしらった髪飾りが美しい。 化粧も薄くしているのか少し厚めな唇が瑞々しい。 爪先まで綺麗に整えられた指先でリリーのネクタイをしめて頭を撫でた。
「完璧だ!かっこいいぞ、リリー!」 「ガジルも綺麗だぞ。ジュビアのやつ、付き合いが長いだけあってわかってるじゃないか」 「っリリー好き!!」
むぎゅっといつものように胸に抱かれるが、胸元が開いたドレスだと少し恥ずかしい。 白い胸に直に顔を埋める状態に焦りを覚えた。
今夜は護衛のクエストで晩餐会に行く事になっている。 晩餐会と言っても立食系のあまり気が張らない場所なので、ガジルは料理目当てでクエストを引き受けた。 あわよくばひと暴れだってできる。 ペアで二組と言う話だったのでもう一組は場馴れしていそうなロキとルーシィに頼んだ。 …………はずだった。 会場で落ち合った二人は、見慣れたバカ親子になっているではないか。
「よっガジル!ドレス似合ってるぜ!!」 「さすが俺の嫁だ。良かったなナツ、綺麗な母ちゃんで!」 「とりあえず状況説明から始めやがれバカ親子」
ぴっしりとダブルスーツを着こなすイグニール、黒いスーツに赤いシャツが際立つナツ。 今にも殴り掛かりそうなガジルの手から、リリーは少し潰れた招待状を取って皺を伸ばす。 このイグニールとナツと言う火竜親子は些か面倒だ。 親子そろってガジルに気がある。 どうせロキやルーシィには無理を言って代ってもらったのだろう。
「とりあえず聴いとくぞ…テメェらルーシィ達はどうした」 「ん?金色の鍵を折ろうとしたら俺達にクエストに行って欲しいって土下座して来たんだぜ!な、イグニール」 「そりゃ脅しだろクズ!!」 「はぁ…仕方がない、このメンバーで行くしかないな、ガジル」
もう時間がない。 くい、とドレスを引き、がくりと肩を落としたガジルを見上げる。 どのみち、彼等が大人しく帰る訳がない。
「そうだぜガジルちゃん、パーティーを楽しもうぜ、な?」 「旨い火あっかな〜」 「お前達、これからクエストだと忘れてないか?」
ガジルの腕に抱かれたリリーも、同じように肩を落とした。
依頼主がいる控え室、ガジルは軽く頭を抱えていた。
「にゃんにゃん!!」 「…リリー、頑張れ」 「…む」
今回の護衛の対象はご令嬢だったわけだが、小さい、すこぶる小さい。 ウェンディよりも年下であろう少女は、肩まで流れるウェーブがかったブロンドに、青い瞳。 薄ピンクのワンピースドレスを着た少女はリリーを抱えて満面の笑顔を浮かべていた。 まるで人形のようなリリーは諦めたように身を任せて頬擦りを受けている。 その様子を困ったように見詰める依頼主、少女の母親は、同じブロンドを揺らして頭を下げた。
「も、申し訳ありません!ほらローラ、魔導士様が困ってらっしゃるわよ?」 「や!にゃんにゃん、遊ぼ!!」 「仕方ねぇ、リリーがこのコに付いてれば問題ないしな…リリー、頼んでいいか?」 「問題ない。この方がこの子も動きやすいだろう」
にゃんにゃん!!と再び抱き締められるリリーに苦笑を浮かべ、依頼主に向き直る。
「私達は会場に怪しい奴がいないか見回ってる。固まってると怪しまれるからな」 「は、はい、よろしくお願いします」 「リリーがいるから大丈夫だと思うが、何かあったら私達を呼んでくれ」 「そうそう、俺達耳と鼻は良いんだ」
ガジルの肩に手を回し、ナツが竜歯を見せて笑う。 パチパチと瞳を瞬いた依頼主は一拍遅れて不思議そうに頷いた。
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