王が望む世界


この人



名前さんを知ったのは進級してすぐのことだった。
監督からバレー部OBと紹介され、更に元主将と名乗った名前さんはどうやら俺の4つ?5つ?くらい上の学年らしく、通りで顔も見たことないわけだと納得した。そもそも俺の知っているOBで元主将はつい最近卒業したばかりのあの人だけなわけだし。

練習を見つめる名前さんの瞳は鋭くしかし澄んでいた。なんとなく、今の季節が似合うとも感じた。
それに気付いてからは練習中はボールを追いかけている俺の目は休憩になると名前さんを追いかけるようになってしまった。監督と親しげに言葉を交わす様子をぼんやりと眺めて、ああ、笑った、とか。練習中にもふとした瞬間に視界に写り込んできて、今、目が合った、とか。気のせいかもしれないけど。

初めて会った日に「明日はシューズと着替え持ってくる」と宣言して、その通り翌日にそれらを持ってやって来た名前さんは、見学者から練習に加わってアドバイスをくれる先輩へ変化した。
これは俺の中だけの話ではなくきっと部員全員の認識だ。名前さんの周りには部員の誰かしらが居た。それこそ休憩時間も、学年問わずだ。
それは俺も例外ではなく、トスの練習に付き合ってもらったりミニゲームに参加してもらったり、今考えればかなりつきまとっていたのかも知れない。

曰く「飛雄のトスは欲しいと思うところに来るから打ちやすい」だそうで、この人とバレーをしたかっただなんて考えては諦める、を繰り返し始めたのはこんなことを言われてからだったと記憶している。
名前さんは、徐々にではあるが速度が増す俺のトスに付いてくるのではく、上げたときには既にそこにいて、綺麗なフォームで相手コートに落とすのだ。
それを何度も見たくて名前さんにばかりトスを上げしまい監督に注意されることもしばしばあった。
同時に名前さんはネットを挟んだ途端、積極的にブロックをしては俺が上げてチームメイトが打ったスパイクは尽く殺すのだ。ブロックは得意ではないと言うクセに不思議な人だった。

名前さんが遊びに来る頻度はまちまちだった。
数日連続の日もあれば2週間空けてひょっこり姿を現すなんてこともあり、姿が見えなかった日の帰り道では高校生になると勉強やら何やらで忙しくなるのだろうかと遠いような近いような未来を想像した。何故かその想像では名前さんも先輩として登場して高校生活を共にするのだった。

名前さんが最後に姿を見せたのは確か11月中旬で「そろそろ真面目に高校生やろうかと思いまして」と監督へ告げる言葉を拾って、俺の想像は強ち間違っていなかったと場違いなことを考えていた。同じく聞きつけた部員たちからは嘆声が漏れた。

ついでに言うと俺個人が名前さんから受けた最後の言葉は「俺が遊びに来てたこと、及川には内緒な」だった。
どうしてここで及川さんの名前が出るのか、内緒にしないといけないのか、と疑問は生まれたが表情が余り崩れない名前さんに珍しく、眉間に皺を作った笑顔だったので頷くだけで済ませてしまった。


“そこ”には誰も居なかった。
追いつけなかったんじゃない。振り向くと追うことをやめた部員が立っていて、追うべきボールは床に転がっていた。

名前さんだったら。
ベンチに下げられた俺は試合風景をぼんやりと眺めていたが、彼はいなかった。





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