短編[甘] | ナノ


▼ ニャンとワンだふる‐01

…遅い。遅すぎる。

いつも僕たちのことを気にかけて、何があっても必ず0時前には帰ってくるはずなのに…。

まさか事故にでもあったんじゃ……


「おいバカ犬。さっきからなにウロチョロしてんだよ。うんこか?」

ふいに投げかけられた小憎らしい言葉に思考が掻き消される。

…こんなときによく呑気に寝ていられるな。

僕はそう忌々しく思いながらベッドの上で気だるそうに寝転がっているバカ猫を睨みつけた。

「お前は心配じゃないのか?」

「あ? 何が?」

「もう0時45分なのに小春がまだ帰って来ないんだぞ?」

「そんなもん、彼氏とラブホに行ってるに決まってんだろ。今日は一緒にお祭りに行くんだーキャピキャピ☆って言ってノリノリで浴衣着て行ったんだから。そりゃ終わったらホテル直行だろ」

「でも、今までこんなに遅くなったことは一度もなかったのに…」

「今の男、動物アレルギーでここに連れ込めないらしいからホテルに泊まるしかないんだろ。小春ってほんと趣味悪いよなー。あんな男の何がいいんだか。…あー、俺も浴衣姿の小春を押し倒してぇーっ」

「………」

猫ってどうしてこういい加減で身勝手な生き物なんだろう。

下品な妄想を繰り広げてゴロゴロと悶絶し始めたバカ猫に溜め息を送り、僕は再び壁掛け時計を見上げる。

…本当に泊まりに行ってしまったのかな。僕の存在なんて忘れて、今頃男とベッドの上で……。

寂しさや無闇な嫉妬心で気持ちがどんどん重く沈んでいく。

でもそのとき、馴染み深い甘い香りがふと鼻先をかすめた。

「帰ってきた!」

その匂いが小春のものだと瞬時に察知した僕は一目散に玄関へと駆ける。


──ガチャッ

「ただいまぁー…、わっ!リク!まだ起きてたんだ、遅くなってごめんねーっ」

僕の頭をワシャワシャと撫でる小春の手には色んな食べ物の匂いが染み付いていた。けれど生臭い男の匂いはどこからもしない。

デートだったのに今日はそういう行為はしなかったのかと意外に思いながらも僕は小春が帰ってきてくれたことがとにかく嬉しくて、尻尾をこれでもかと振って小春の後をついて歩いた。

──パチッ

電気が付けられ部屋の中がたちまち明るくなる。

すると普段は小春が帰ってきてもふてぶてしく眠り続けているバカ猫が珍しくベッドから降りてきてこちらに歩み寄ってきた。

「小春、泣いてんのか?」

「えっ?」

小春が泣いてる?

バカ猫の一言に驚いて小春の顔を改めて見ると、確かに目の周りが赤く腫れているようだった。

こういうときに限っていち早く異変に気付くバカ猫にジェラシーを感じつつ、僕は小春が心配で顔を見上げたままクゥンと鼻を鳴らす。

「ん? どーしたの? …もしかして、心配してくれてる?」

ジッと見詰める僕らに気が付いて小春はその場に座って僕たちを抱き寄せた。

「ありがと。リクもアズキも、ほんと優しいね」

何度も僕たちの頭を撫でながら小春は今にも泣きだしそうな笑顔を浮かべる。

「…また彼氏に振られちゃったんだぁ」

「だと思った」

えぇっ!と驚いた僕に反してバカ猫は何もかも見透かしているかのようにそう吐き捨てた。

「今回も僕らが原因で…?」

「だろうな」

小春に飼われ始めてから、こうして悲しむ姿を見るのはこれで三度目だ。

振られる理由は『ペットに構いすぎるから』

どんなに男に引き止められようとも0時前には帰宅するし、この家に連れ込んでも男のことはそっちのけで僕らに構いっぱなし。

…まぁそれは僕とバカ猫が意図的に邪魔していたせいでもあるけど…。

そして結局愛想を尽かされて捨てられてしまう。

僕たちのことを第一に想ってくれているのはすごくすごく嬉しい。でも、そのせいで小春を悲しませてしまうのはすごく辛い。

どうして僕は犬なんだろう。僕が人間だったら小春のことを一生大事にするのに。


「リクとアズキにすっごい似合いそうな首輪があってね、ちょっと高かったんだけど思い切って買ったら、そんなものに金出すなんておかしいって怒られちゃった」

気を取り直すように明るく振る舞いながら小春は鞄の中をあさり始める。

「…う゛わっ…」

二つの首輪が取り出された瞬間、バカ猫が引きつった声を漏らした。

「どお? ちょっと古ぼけた感じとか、この飾りとか凄くイイでしょ? リクとアズキならわかってくれるよねっ!」

「………」

革のところが所々くすんで、真ん中に深い青と緑と赤を混ぜ合わせたような何ともいえない色合いの宝石が付けられているその首輪は、正直に言うとかなり不気味なものだった。

「相変わらずセンスねぇな…」

小春のことを悪く言いたくないけれど、バカ猫の言うとおり小春の趣味は普通の人とは少しズレていると思う。

お祭りでこんなものを買われたら確かに呆れて怒りたくもなる。

「じゃ早速付けてみよっか!」

「えーっ!ヤダよそんなもん首に巻くの!」

「逃げるなバカ猫! 小春がせっかく買ってくれたんだからっ…」

「だってそもそも俺、首輪自体ウザいから嫌いだし」

「小春を悲しませたいのか?」

「……あーっ、わかったよっ」

投げやりに言うとバカ猫は大人しく小春に頭を差し出した。

巻かれた首輪は思ってたよりも軽くて、逆に気味が悪くなるほど身体にすんなりと馴染む。

「わー!似合う似合う!」

小春は興奮気味に携帯を手に取って操作し始める。写真でも撮るんだろうか。

…なにはともあれ小春が喜んでくれて良かった。


「…あれ? なんかお前の首輪、光ってね?」

「えっ?」

振り向くと、そう言ったバカ猫の首輪からも鈍い光が漏れ出していた。

「お前のも光ってるぞ…っ!?」

「マジ? うわっ、なんだこれっ」

光はどんどん強くなり、そして目も開けられないほどの閃光となって辺りを呑み込んでいった。



* * * * *


「きゃあっ!?」

蛍光灯の明かりよりも遥かに強い真っ白な光に包まれ、小春は顔を両手で覆って固く目を閉ざす。

「なにっ? なんなの…っ!?」

その光は10秒ほど続いて徐々に弱まっていった。

「……っ?」

ようやく目が開けられるぐらいの明るさになり、小春は恐る恐る薄目を開ける。

そして怯えながらも辺りの様子を確認するため手を退けて顔を上げた。

「きゃあああああああああっ!!?」

視界に飛び込んできた光景にかつてないほどの悲鳴をあげる小春。

それもそのはず。

彼女の目の前に2人の青年が一糸まとわぬ姿で座っていたのだ。

「だっだだ誰!? どなた様ですかっ!? ごめんなさい!!」

完全にパニックに陥り、小春はわけもわからず叫びながら手足をバタつかせる。どうやら腰が抜けて逃げようにもまず立ち上がることすらできないらしい。

「おい、どうしたんだよ小春……っうわあああ!? なんじゃこりゃ!!」

伸ばした自分の手を見て青年が小春に負けず劣らず雄叫びを響かせる。

「人間の手っ!? なんでっ…うおおおお!? お前誰!?」

「い、い、一応リクだよ…。…その口調の悪さからして、お前はバカ猫だな…?」

「…マジ…ッ!? 俺らなんで人間になってんの…っ?」

2人のやり取りを見ていた小春は唖然としたまま口をわなわなと震わせる。

「リク…っ? い、今、リクって言った…?」

「小春っ! そうだよ、僕はリクだよ! だから怖がらないで…っ」

自分の知る愛犬の姿とはまるで違う青年に詰め寄られ、小春は思わず身をすくめてしまう。

「ほ、本当にリクなのっ? こんな…っ、なんで…っ」

「僕もわからない。どうして人間になったのか…」

「…まぁ、考えられるとしたらコレだな」

早くも落ち着きを取り戻したのか、もう一人の青年が自身の首についている首輪を掴みながらそう冷静に呟いた。

「さっきの光はコレから出てたし、動物を人間の姿に変えるまほーの首輪なんじゃねーの?」

「…魔法の首輪…っ? そんなものがあるなんて…」

「でも確かに、首輪が突然光ったと思ったら僕らは人間になっていた…」

「まっ、あとは俺の願いがカミサマにでも届いたのかもな」

そう言いながら青年の姿となったアズキは身を乗り出して小春の頬を撫でる。

「ねっ、願い…?」

「浴衣姿の小春を押し倒したいっていう、いたいけなお願い」

「ひゃっ!?」

肩を押され、腰の抜けていた小春はそのままあっけなく床に転がされてしまった。

困惑する小春を見下ろし、アズキは猫のときとは違う広くて鮮明な視界に思わず昂ぶった笑みを漏らす。

「ははっ、この眺めサイコー…っ痛! いだだだっ!毛引っ張んな!」

「小春から離れろ!この変態バカ猫!」

「邪魔すんじゃねー!お前はほねっこでもかじってろ!」

「小春が怯えてるだろ!変なことするなっ」

「うぎゃっ」

力ずくでアズキを引きはがすとリクはすかさず小春を抱き起した。

「小春、大丈夫?」

「うん…っ」

「ごめんね、こんな姿になって…。…僕のこと怖い?」

「ううんっ! 全然怖くないよ! それにリクが悪いわけじゃないんだから謝らないで!」

「……っ」

突然言葉を詰まらせて瞳を潤ませ始めたリク。

その様子に小春は理由がわからずキョトンと首をかしげる。

「…リク? どうしたの?」

「…小春に…、僕の言葉が通じてるのがすごく嬉しくて…っ」

「あっ!そうだね! リクと話せて私も嬉しいっ!」

「〜〜っ小春!」

「ふゎわっ!?」

感極まり、リクは我も忘れて小春をキツく抱き締める。

いつも見上げていた小春の身体は驚くほど小さくて華奢だった。

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