短編[甘] | ナノ


▼ 一夜の獣に‐01

バイト先で出会った彼氏に今日、メールで別れを告げられた。

他に女ができたんだそうな。

きっと1ヶ月前に入ったピチピチキャピキャピなあの子だろう。

アイツは仕事中に隠れてイチャイチャするのが好きなアホだった。

今日はあの子とシフトが一緒だから、今頃ネチョネチョやってんでしょ。

…あーあ。誰か放火でもしてくんないかな。

ていうか明日どうしよう…。仕事行きたくない。

私は何も悪いことしてないのになんで私が居づらくなんなきゃいけないの?

店もアイツらも全部丸コゲになってくれないかな…。あー…死にたい。


アイツからのハートだらけのメールを全部消去して、私はボンヤリと天井を見上げた。

目を閉じるとアイツらがアンアンしてる姿が勝手に浮かんでくる。

消えろ。消えろ。死ね。死ね死ね死ね地球割れろ。あーーもう嫌だ誰か私の脳みそ取り出して。なんかめちゃくちゃになりたい。ああんファックミー。

パチリと目を開けて、私は衝動的に携帯を取って昔使ったことのある出会い系サイトにアクセスした。

無心で投稿ボタンを押して文字を打ち込む。

『誰かチンポぶち込んでくれませんか』

投稿し終わると、1分も経たない内にメールがなだれ込んできた。

『今から会える??』
『エッチしょ☆』
『俺の極太バナナをぶち込んであげる♪』

…なにがバナナだ。アホか。

どいつもこいつも馬鹿丸出しの猿ばっかり…。

一発サクッとヤって吹っ切れよーなんて思ってたけど…なんかアホらしくなってきた…。寝よ。

ため息を吐いて携帯を閉じようとしたそのとき、また1通の猿メールが到着した。

今度はどんな内容なのかと何気なく開いてみると、そこには絵文字一つない淡々とした文が連なっていた。

『初めまして樹といいます。38歳のごく普通の会社員です。率直な内容に惹かれメールさせて頂きました。・・・』

なんともかしこまった挨拶から始まり、そして都合のいい時間帯やらの後、それではお返事お待ちしております。となんともかしこまった文で終了。

他の男とは違う大人すぎるメールに私は不覚にも引き込まれていた。

…あんなクソビッチな投稿にここまでまともなメール送ってくるなんて、一体どんな人なんだろう…。

ふつふつと湧いた興味に突き動かされ、私は恐る恐る返信を押した。


・ ・ ・ ・ ・


「初めまして」

指定した待ち合わせ場所に止まっていた車に乗り込むと、メールで言ってた通りのごくごく普通な男が爽やかな笑顔で私に会釈してきた。

「近くのホテルで大丈夫ですか?」

「あっ、はい…」

彼の性格を表すように車はなだらかにホテルを目指して進んでいく。

「少し、緊張してますか?」

「えっ? えーと、はい…」

「僕も結花さんがとても可愛らしい方なので結構緊張してます」

「ええっ! 嘘だぁっ!」

「あはは、本当ですよ」

私に向けられた穏やかな笑顔はどう見ても余裕しゃくしゃくそうにしか見えない。

こういういかにも大人な感じで落ち着いてて優しそうな男と親密なご関係になったことなんて一度もない私は妙な緊張感が込み上がって、かりてきた猫のようにカチコチに委縮してしまっていた。

「あのっ…なんで私なんかにメールしたんですか?」

「結花さんの投稿は他のに比べて明らかに浮いてましたからねー。たくさんお誘いが来たでしょう?」

「はい…かなり」

「下心も十分ありますが、こんな大胆な投稿をするなんて、どういう女の子なんだろうって単純に会ってみたいと思ったんです」

下心とか笑顔でサラリと言っちゃう所にやっぱり大人の余裕を感じさせられた。

…なんか…まともな人すぎてあんなクソビッチな書き込みした自分が恥ずかしくなってきた…っ!

こんないい人ならもっと普通に出会いたかったよ!

うわぁーっ1時間前に戻りたい…!!

後悔やら恥ずかしさで悶絶してる間に車はとうとうホテルの駐車場に到着した。

ここまで来て後戻りはできない。

中に入ると樹さんのチョイスらしい小綺麗な内装が広がっていた。

「どの部屋がいいですか?」

「えっと……じゃあここ」

私は一番料金の安い部屋のボタンを押した。

「ああ、優しいですね結花さんは。お気遣いありがとう御座います」

「えっ!? そうですかっ? えへへ…っ」

…ダメだ。

紳士的な人すぎてペースが乱れる…。

部屋に入っても私は、さーヤりましょーって全裸になる気も起きずソファーに座って縮こまっていた。

樹さんは私と自分の上着をハンガーにかけるとゆったりとベッドに腰掛けた。

…こういうの慣れてるのかな…。全然緊張してるようには見えない…。

「投稿とは違って慎ましい方なんですね」

「いやっ…!普段からあんな感じなんですけど…なんか、樹さんが凄く優しい人だから変に緊張しちゃって…」

「そんなかしこまることないですよ。ただのエロいオジサンなので。……こっちおいで」

「……っ」

…その悠長な笑顔で「おいで」って言うのはズルい…。

私は今までにない胸のときめきを感じながら彼の隣りにストンと腰掛けた。

「…あっ。樹さんの爪凄い綺麗!」

落とした視線の先に映った細くて長い指。

薄暗い照明の中でもわかるくらい、形のいい爪がピカピカと光っているのに気づいて私は思わず樹さんの手を取った。

「パソコンでの作業を色々と教える仕事をしているので、汚い手よりは綺麗な方がいいかなーと思って磨いているんですよね」

「へぇー…っ」

「でも男がここまで綺麗にしてると逆に気持ち悪いですかねぇ」

「そんなことないですよ!むしろ惚れます!私の爪なんかよりずっとキレ……」

スルリと、私の手をすり抜けて細い指先が私の頬を撫でた。

不意の出来事に思考が止まって心臓が跳ね上がる。

「…っ…!」

視線を上げようとしたその刹那、樹さんの唇が私の唇に触れて、私はとっさに目を閉じた。

頬に添えられた手がうなじの方へと回ってグッと頭を引き寄せられる。

ただ重ねるだけのキスかと思いきや、樹さんのキスは今までの態度からは想像できないくらい熱情的だった。

…ていうか…、ホントにキャラ変わってない…っ!?

「んっ…! ふ、んん…っ!」

濡れた唇を甘噛みされて、口内に侵入した舌が歯や歯茎をなぞっていく。

荒っぽい運びに背筋をゾクゾクと震わせながら自らもその舌を追いかけて絡み付くけれど、伸ばした舌を緩く噛まれて吸い付かれ、相手のペースに翻弄されるばかりだ。

「んふっ…! ぁッ、はぁっ…!んっ!んん…!」

腰元を駆け回る甘い疼きと息苦しさに耐えかねて顔を背けてもすぐにまた捕らえられてしまう。

乱れた吐息まで閉じ込めるように深く唇が重なり、舌の裏側や上顎まで丹念に舐られていく。

キスだけでここまで体の内側が熱くなるのは初めてだった。

荒い舌の蠢きに脳内が酔ったみたいに火照ってゆるゆると溶け出していく。

あっという間に煩悩に支配された私は彼の肩に腕を回して、もっと とねだるように角度を変えて唇に吸い付き、熱い疼きを求めて舌を絡めた。

「ふぁ…っ! あっ!んんん…っ!」

口内が痺れ始めるくらい激しい口付けを交わした後、名残惜しく離れた樹さんの唇が今度は首もとへと降りていった。

じっくりと舌が首筋をたどり、チュッと音を立てながら鎖骨を吸われ、そして軽く甘噛みされる。

途端に甘い快感が弾けて私はビクッと肩を震わせた。

さっきからずっと体のあちこちがゾクゾクと痺れておかしくなりそうだ。

切なげに樹さんを見つめると、視線に気付いたのか樹さんは私に見向いてニコリと柔らかく微笑んだ。

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