▼ 第4話‐10
「広瀬は悪くない。俺が…自分の感情制御できなくなって暴走してるだけだから」
…夏見は私と同じくらい不器用な性格なのかもしれない。
そう思うと、甘くくすぐられるような愛おしさが心の底から込み上がった。
いつの間にか自由になっていた手をもたげて私は夏見の頭をそっと撫でる。
「…私は、大丈夫だから…夏見の気持ち全部、私にぶつけていいよ…?」
「……」
「私ももっと夏見のこと知りたいから…っ」
「…馬鹿」
「へっ!? なんでっ?」
「そう言ったこと、絶対後悔するよ」
「後悔なんかしないよ! だって本当にそう思えるくらい夏見のこと大好きだも…っむへ!」
ぎゅうっと力強く抱きしめられ、甘く疼いていた胸が一層激しく高鳴る。
苦しいくらいにキツく私を抱く夏見に応えようと私も両腕を夏見の背中へと回した。
「…好きです」
「……っ、私も…!」
小さいけれど確かに届いたその言葉に体中が喜びに震え、私は回した腕に力を込める。
胸いっぱいに満たされていく幸福感に酔いしれていると、夏見がふと力を緩めて顔を上げた。
「…っ…! ん…っ」
優しく、ゆったりと唇が重ねられる。
それだけで私の中の情欲は身を焦がすほどに熱く燃え上がった。
「んっ、んぅ…!」
浅い口付けはだんだんと熱を増し、お互いを貪欲に求めるように深く舌が絡められていく。
私はもっともっと夏見を感じたいと切望して、自ら頭をもたげて夢中で夏見の唇に吸い付き舌を伸ばす。
すると夏見の手が後頭部を包んで支えてくれた。
クシャッと髪を撫でられて、恍惚の痺れが全身に駆け巡っていく。
「んんっ…! ふぁ…!! んっ、ぅぅ…!」
膣内に埋まっていた夏見の熱が再び律動を始め、頭の中がたちまち快楽に支配されていく。
けれど夏見の動きはさっきよりも数段優しいものだった。
それでも私の体には強すぎるくらいの快感が送られてくる。
でも、夏見の何かに耐えているような吐息が私の心を痛く締め付けた。
「夏見っ…、我慢しなくていいよ…っ?」
「もう体、辛いだろ」
「辛くないからっ…いいよ、もっと激しくして…っ」
涙をこぼしながら夏見を見つめて、私は甘ったるいねだり声を上げる。
「カズヤとのこと、全部忘れられるくらいっ…、体の中、夏見でいっぱいにして…!」
壊れたっていいから、夏見の欲望を全て私に注いで欲しい。
それは演技でもなんでもなく、心から湧いた欲求だった。
想いを素直に口にすると、夏見がふと口元を緩ませた。
『本当に馬鹿だ』なんて声が聞こえてきそうな、いつも通りの憎たらしい笑顔だった。
「ふ…っ!んんっ!ぁ…んッんぅぅうー!!」
再び口づけられたかと思うと、荒々しい衝撃が下腹部から頭のてっぺんへと貫き渡った。
動きを加速させていく夏見の熱塊が、今までの甘い快感を狂おしい恐悦に塗り替えていく。
とろけた粘膜を何度も激しく摩擦されて、私は唇を塞がれたままくぐもった悲鳴を漏らした。
「んぐっぅぅう…!ふ、あッんんん!!」
子宮まで響くほど深く打ち込まれ、脳内が真っ白に弾ける。
意識が途切れそうになりながらもなんとか最後まで夏見を感じていようと、私は必死に夏見にしがみ付いて鳴き悶え続けた。
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「……ん…」
気が付くと、目の前には廊下らしき光景が広がっていた。
脳内がグダグダに溶けきってるせいでうまく思考を働かせることができない。
そんな脱力しきった心身に、一定のリズムで体を揺すられる感覚が心地よかった。
どうやら私は今、おんぶをされて運ばれているらしい。
「…ん…。…ん? ええぇっ!?」
気持ちよさにまた意識がまどろみ始めたところでハッと我に返って私は慌てて身を起こした。
「おはよう」
私を背負って歩きながら夏見は当たり前のようにそう言った。
「えっ? えっ!? ちょ、ちょっと待って!降りる!降ります!」
軽くパニックを起こしつつ私はジタバタともがいて夏見の背から降りた。
…教室で夏見に抱かれてアンアン喘いでた以降の記憶が全くない。
辺りは薄暗い廊下。
気絶した私を夏見がここまで運んでくれたことは明白だ。
「ごめんっ、私…!」
失態を詫びようと改まって自分の言動を振り返ると、途端に途方もない恥ずかしさに襲われて私はそれ以上なにも言う事ができなくなった。
「気絶する直前、おまんこ壊れるーって言ってた」
「嘘ぉっ!!?」
「嘘」
「にゃーっ!!」
飄々と私をからかう夏見に、私は奇声を上げて殴りかかる。
夏見はすっかり調子を取り戻し、いつもの無口で小生意気な男になっていた。
「ていうか…っ、ここってどこなの?」
「もうすぐで職員玄関」
「職員玄関に行くの?」
「生徒用の玄関はもう鍵かかってた」
「あっ、そうなんだ…」
「靴」
「あ、はい。すみません」
夏見から自分の外靴を受け取る。
…私を背負って生徒玄関からここまで来たんだから相当疲れただろうな…。だって重いもん私。
「ほんとに…迷惑かけてごめんね」
「迷惑じゃないし、色々させてもらったから気にしなくていい」
「そっ…、え? 色々? 色々ってなに? あのあと何かしたのっ?」
「……」
「ちょっ…色々ってなにーっ!?」
何も答えず足早に職員玄関へ向かっていく夏見を追いかけて必死に問い詰めても、結局夏見は真相を語ってはくれなかった。
・ ・ ・ ・ ・
玄関を出ると外はすっかり暗くなっていた。
こんなに遅い時間に下校するのは初めてかもしれない。
「送ってく」
「えっ! 大丈夫だよっ」
「送らせて下さい」
「…っ…じゃあ…、お言葉に甘えて…」
結局気圧しされて、夏見に家まで付き添ってもらうこととなった。
いつもの帰り道を夏見と並んで歩くのは妙に気恥ずかしい。
今さらになって、告白をして恋人になった という事実を実感して身体が熱くのぼせ上がってしまう。
…本当に、夏見は私の彼氏…なんだよね?
たった今自分の隣りにいる人を再確認するべく目を向ける。
すると、ちょうど私の方に顔を向けていた夏見と視線がぶつかった。
「へっ? どうしたのっ…?」
「なんでもない」
ぶっきらぼうに答えると夏見は何食わぬ顔でそっぽを向いた。
…私が振り向いたとき、夏見は私の顔じゃなくてもっと下の方を見てた気がする。
もしかして…と勘が働き、私は夏見の手を握ってみた。
「……っ!」
「手、繋ぎたかったの?」
「……」
返事の代わりに夏見の顔が赤く染まっていく。
その反応を見て、私はやっと夏見に勝てた気がして思わず口元がニヤけた。
「だんだん夏見の思ってることがわかるようになってきた気がする」
「…っわからないままでいい」
そう言う夏見はやっぱり照れくさそうで、私は勝気な笑い声を漏らしながら空を見上げた。
藍色に染まった夜の空。
そこには大きな満月とたくさんの星が、万華鏡から覗いた世界のようにキラキラキラキラと輝いていた。
* 終 *
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