∴ 1 一 この世界には、精霊の力を借りて発揮される特別な力がある。魔法だ。 火・水・風・雷・木・土・光・闇の八種類の魔法があり、それらの魔法の力と、現代科学が結びつき、人々はより豊かな文明を築いてきた。 魔力を持つ子供達は専門の学校へと通い、そこでより魔力を高めて国に貢献している。 水属性の魔法使いである、皇咲弥(すめらぎさくや)もその一人であり、今日も真面目に学業に励んでいた。 南国の美しい砂浜のように白い肌に、海をそのまま入れているのではないかと思わせる程の澄明なシンフォニーブルーの瞳。絹のように滑らかでツヤツヤと輝く稲穂色の髪は、胸の下までと男性にしてはかなり長いのだが、痛みも無くサラサラとしている為、ちっとも不快感はない。寧ろ、中性的で美しい顔立ちによく似合っている。 小柄で可愛らしく、まるで天使だと称されるが、柔和な見た目に反して自分に厳しい彼はハードな訓練を重ねた結果、今では全国高校の部・水属性ナンバーワンとなった。 誰もが咲弥を認め、誰もが咲弥を慕った。学園での生活は順風満帆。幸福そのものであった。 −あの男が来るまでは。 「………」 咲弥はゆっくりと目を覚まし、部屋に降り注ぐ揺らめく朝の光を視界に入れた。 ベッドに横たわる咲弥の上には、幾重にも重なり帯のようにはためく澄んだ水の橋がある。四方八方から水が流れ、いくつもの川が空中に出来、光を屈折させ部屋中に朝日のプリズムを作っている。 ベッドも水だ。ベッドの形に形成している水の中には純銀の珠と、百合の花が沈んでいる。所謂簡易聖水だ。 普通のフカフカとした暖かいベッドでも充分なのだが、咲弥は簡易聖水に浸かることによって、消耗した体を癒したり清めたりしている。だから眠る時は常に全裸で、このベッドに浮かぶように眠っている。水属性なので溺れることも息が出来ないということもない。 聖水のベッドから起き上がり、リビングへと一歩足を入れたそばから、全身に付いていた水はリビングへと侵入することなく、寝室で留まり全ての水滴が咲弥から離れていく。 なので濡れていた長い髪は一瞬にして乾くのだ。これも魔法だ。 そのまま入ってすぐの所に掛けてあるバスローブを羽織って、ニッコリと笑顔を作った。 「アーパス、おはよう」 〈おはよう咲弥。今日はいい天気よ〉 リビングの出窓には、水がサッカーボールのように丸まって固まっている水の珠があり、その中で華麗に泳ぐ人魚が咲弥へと挨拶を返した。 最近飼い始めたその30センチ程の小さな彼女は、魔法により作られた人工愛玩動物であり、神話に出てくるような本物の人魚ではない。値段は張るが一般的に売られて誰でも購入出来るマジックペットだ。 アーパスはその球体ごと移動し、ダイニングテーブルの上へと着地する。人工物と言っても一応人魚なので水からは完全には出られない。なので咲弥の魔法で水槽となっている水の珠ごと移動出来るようにしてやった。 「そうみたいだね。今日は空を飛ぶ訓練があるから晴天の方が助かるよ。アーパス、今日の朝食は何がいい?イチゴ?ゆで卵?アボカド?コウモリもあるよ」 〈うーん…それじゃあコウモリがいいわ〉 「やっぱりね。君って割と肉色だよね。いいんじゃないかな、肉色な姿を隠す女の子よりもとっても魅力的で可愛いよ。でもいつか、私の指を齧られないか心配だなあ」 〈まあ、咲弥のキレイな指を齧ったりなんてしないわよ!失礼ね!あ、コウモリはそのままでいいわ。調理しなくて結構よ。でも、ちょっとだけ塩コショウはかけてね〉 七色の尾ひれをユラユラと揺らしながら、水中で美しい金髪を靡かせるこの人魚は、とても愛らしい表情でウィンクを飛ばす。 しかしコウモリを水中に入れると、何処に隠していたのか、鋭い牙を生やして獣のようにコウモリの腹に齧り付くから結構ダークだ。 人魚というより鮫か?なんて内心思っていたりする。 「美味しい?」 〈うん!やっぱり肉はサイコーね!〉 「それは良かった。今度はネズミでも捕まえようかな」 〈ネズミなんてこの学園には居ないでしょ?〉 「ここには居ないけど、渋谷のハチ公前には沢山いるよ。ああでも病気持ってるか。 あ、アーパス、大矢くんも人魚を飼い始めたんだって、今度会わせてもらおうよ。結構イケメン人魚らしいよ?」 〈ホントにイケメン〜?咲弥よりも〜?〉 「あははは、私は大したことないって」 アーパスと何気無い会話をしながら咲弥はミキサーにリンゴや人参、パイナップル、トマト、飲むヨーグルトを入れて攪拌させた。所謂スムージーというやつで、咲弥の朝食はいつもこれだ。 寮にある食堂を利用しても良いのだが、アーパスとの時間を大切にしている為、咲弥は食堂をあまり使わない。 それに、正直なことを言うと、あまり部屋から出たくはないのだ。 私立ラシガン学園は全寮制の魔法専門学校だ。初等部から高等部・大学部まであり、寮生活は中等部から始まる。 高等部までが男子校で大学部では共学だ。これは、力のコントロールがまだ出来ていない年齢の内に男女を同じ空間におくのは危険だということらしい。つまりは過去に魔法の力で女生徒を襲った馬鹿な生徒が居たということだろう。 クラス編成は魔法の実力で振り分けられ、水属性ナンバーワンの咲弥はSクラス。 |