∴ 5 季節は、晴子と偵之と食事をした5月から二か月経ち、そろそろ夏休みに入る7月だ。 実沙季はミサの夏服が買えて嬉しいのだが、もしかしたら近い内に着られなくなるかもしれないと思うと悲しくなった。何故なら8月に影渕家へ引っ越すからである。 「サキさ、新しいお母さんにはミサの事言えてないんだよね?それってさ、サキの趣味が全然出来なくなるって事でしょ?どうすんの?おじさんのレストランの厨房とかでやるの?」 コーラを飲みながらそう尋ねるのは双葉。 身長181センチと高身長な彼は、ダンスが趣味でダンス部に所属している。目尻がしゅっと上がったクールな眼差しにツンと尖った鼻先のせいか冷たい印象を人に与えるが、口を開くと普通の男子高校生。 たまに天然故に女子に無神経な発言をしたり、どこか抜けている発言をするため、クールなイメージはすぐに崩壊し、「天然で残念なイケメン」と学校では認識されている。 だが、傍から見ると綺麗なビジュアルをしているせいか、こういう場では女の子達からの視線を鬱陶しい程集めるのだ。今も、双葉を見て頬を赤らめている女子高生が結構いる。 因みに実沙季の事をサキと呼んでいる。 「それは無理でしょ。おじさんのお店で動画撮影をしたら、下手したら場所が特定されるじゃない。従業員が動画を見てる可能性だってあるし。サキくん家みたいなよくあるマンションの台所だから出来るのよ」 「じゃあウチでやればいいじゃん!母さんなら喜んで台所使わせてくれるよ?」 「うちは余計無理でしょ。母さん用の特注システムキッチンなんだから。特徴的過ぎるわ」 「あー!うーん、そうか〜」 双葉にそうツッコミを入れるのは一葉だ。 双葉と同じ顔をした彼女は、弟と違い、印象通りクールな女の子。服装もユニセックスでシンプルなものを好むし、双葉と違い天然発言は絶対しない。 美人でスタイルがいい彼女は学校では高嶺の花として皆に憧れられているが、中身はただの腐女子だったりする。 冷めた顔をして池袋の乙女ロードで内心興奮しながら同人誌をあさるのが趣味だ。同人誌即売会イベントにもよく行き、重い戦利品を持って歩き回るため、服装はパンツスタイルばかり。 両親からはパンツスタイルよりも、女の子らしい可愛いスカートやワンピースを着てほしいと言われているのだが、一葉本人は断固拒否。 幼少時代、実沙季に服を与えたのは、単純に女の子の服を着たくなかったからだ。 そのお陰で、実沙季は自分の生き甲斐となる趣味を得られたのだ。 尾崎姉弟とは離婚後、引っ越し先の地で知り合い仲良くなった。 転校先の小学校で双葉と同じクラスで席が隣になったのがきっかけだろう。家が近所で、実沙季が住むマンションの隣に二人の家があるのも仲が深まった要因だと思う。 口下手な実沙季が唯一心を開ける二人だ。 そんな美形な二人と一緒にいる地味(に見せているだけだが)な実沙季は、いい感じに存在感を消せているようで、誰も実沙季には見向きもしない。 「二人ともありがとう。でも、自分自身でどうにかするね。アルバイトしてお金貯めて、キッチンスタジオをレンタルしようかなって思ってるんだ。そしたら個人情報は特定されないし、安心して投稿できるでしょ?」 「へー!サキ頭いいね!キッチンスタジオかあ、どんなところなの?キレイ?」 「うん、凄くキレイなところだよ。えっと、サイトがあるんだけど…あ、これだよ」 スマートフォンの画面にそのスタジオの室内写真を表示し、双葉に見せる。 木のぬくもりが感じられるアイランドキッチンは広いガーデンテラス付きだ。白を基調とし、ナチュラルな雰囲気を演出する観葉植物が置かれている。 壁には小さな小窓がいくつかあり、サボテンや小花が飾られている。おしゃれなウッドデッキもあり、外で食事も出来るようになっている。 ミサにぴったりな可愛らしいスタジオだ。 双葉はその画像を見て 「カワイイ!ミサにぴったりだよ!いいじゃんいいじゃん」 と、笑顔を見せた。 だが、反対に画面を覗き込んだ一葉は、 「サキくん、これ、いくらかかるの?」 表情を曇らせ、実沙季を心配そうに見つめている。 「えっと…1時間で16000円だよ。それで、レンタル時間が、4時間から受付なんだ。だから、」 「最低64000円もするのね…」 「ええ?64000円!?そんなに高いのここ!?台所使うだけなのに?」 同人誌、何冊買えるのかしら、と呆れながら計算する一葉と、その値段にコーラを吹き出しそうになる双葉。 そんな二人のリアクションに、実沙季は「やっぱり高いよね」と項垂れる。 「だから、アルバイトしようと思うんだ。頑張れば6万円は稼げると思うんだよね。4千円は、お昼代とかご飯代を節約したら大丈夫かもしれないし」 「そしたら、サキがミサになれるのが、月に一回だけってこと?それはダメだよ!好きなことを我慢するのは良くないよ!せっかく服買ったんだし、サキは沢山ミサをすべきだって!それにお金はおじさんに頼めば出してくれるんじゃない?」 |