「うわぁ、サキ、すげぇ似合うよ!!」
「……ほんと?これが、ぼく?」

男の子なのに、花柄のワンピースを着て女の子に変身した実沙季は、自分なのに自分ではない状況にリラックスし、突然饒舌になった。

「凄い?ふーちゃん、ぼく、かわいい?女の子みたい?」
「すごいよサキ、本物の女の子みたいだよ!カズちゃんよりかわいい!」
「カズちゃんよりも?わぁい!嬉しいなぁ!」

「半分自分ではないということは、半分他人であるということ。他人なら例え失敗しても恐くない」という暗示にかかり、何かを言いかけては口をつぐんでいた彼が、スラスラと言葉を発するようになったのだ。

もし、そのワンピースが似合っていなかったら、こうならなかっただろう。
もし似合っていなかったら「男の子が何故か女の子の格好をしている変な状態」になっていて、変身出来ていなかった。だけど、実沙季はちゃんと似合っていた。女の子そのものだったから、変身は大成功だった。
変身したから、神原実沙季ではない。神原実沙季ではないのなら、何も怖くない。

しかも、あまりの可愛さに、それまで意地悪を言っていた男の子達が優しくしてくれるようになった。

「みさきー、この前の仮面ライダーカード、やるよ。だ、だからさ、今度おれん家であそばね?」
「みさきくん、かーちゃんがケーキ作ったから食べに来いって。おれの分のイチゴ、みさきくんにあげるね!」
「四葉のクローバー集めたよ!プレゼント!お家でかざってね!」
「わぁい、みんなありがとう!すごーい嬉しいなあ。みんな大好きだよ!」
「「「!!!」」」

プレゼントを持ってくる男の子達は、実沙季の輝く笑顔に胸をキュンキュンさせ、なんと初恋を実沙季に捧げたのだった。


すっかり前向きになった実沙季の趣味、基生きがいは女装になり、モノの分別が判るようになってからは、その女装は家庭内のみになり、去年からは動画で発揮するようになった。

偵之が言っていた動画サイトで上げられている料理動画、"ミサ"のことである。

「ミサの15分クッキング」というタイトルのこの動画は、女装した実沙季が自宅の台所で料理をし、それを15分に編集して上げているものである。BGMは3分クッキングのものを使い、実沙季が女装の時に出す女性向けの肉声で解説しながら進んでいく。
撮影係りは実沙季の趣味に理解がある、晃希だったり、双葉だったり、一葉だったり…その時々だ。
化粧をし、ロングヘアのウイッグを被り、長い前髪は可愛らしいヘアピンで止め、白やピンクのふりふりのエプロンと、同じくふりふりした服でカメラの前に立つ実沙季は、正に美少女そのもの。
しかも女装している為、普段のよどんだ彼とは違い表情は華やかで明るく、アイドルのようにはきはきしている。

《こんにちは、ミサです!今日の15分クッキングは、こどもの日が近いので、ちらし寿司にしたいと思います。カップに入れるタイプにするので、味は三種類作りますよー。まず、材料は…》

カメラに向かって、ニッコリと微笑み掛けながら手を振る。ミサのチャームポイントは笑顔だ。歯を見せて笑うと、口角がくっと上がり口がハート型に開いて見えるのである。こういった大きな笑顔は、ミサの時にしか見られない為、本当に別人かと錯覚させてしまったりする。双葉と晃希は、そんな姿に毎回メロメロだ。

しかも、実沙季は今では動画投稿者が当たり前のように行っている、ネット配信用のアカウントをSNSに作ることをしない。
ファンとの交流を深めたり、動画投稿告知や、配信告知をする為にSNSを活用するのが主流のネット世界なのだが、実沙季は一切手を付けず、予告なく動画サイトに載せるだけだ。しかも管理は父親が行い、メッセージの返信は父親がすると載せているため、ミサ本人とのメッセージのやり取りも不可能に近い。

だからだろうか、私生活が見えないし交流も出来ないので、ミステリアスな魅力が生まれ、なかなか受けている。
ネットアイドルとは違い、生放送のように視聴者とやり取りをしないし、歌って踊ったりもしない。色っぽい格好もしない。あくまで料理をしているだけなので、大多数の視聴者からというよりは一部の人間から支持を得ている感じだ。
これ以上人気が出たら、アンチコメントが増えるだろうし、実沙季はこのペースでのんびりと動画を投稿出来ればいいなと思っている。

だが、
再婚したら、父子二人暮らしの小さなマンションから、大きい一軒家の影渕家に引っ越すことになっているのだ。
しかもこんな特殊な趣味、絶対打ち明けられない。理解されないはずだ。
それに、影渕家三兄弟、みんなミサのファンだと?「ミサは僕の女装した姿なんです」なんて言える訳が無いだろう。

『どうしよう…死にそう…』

穏やかで温かい笑みを浮かべる偵之を前にして、実沙季はどうにか気絶せずにいるように必死に背筋を伸ばした。

***

女子高生や女子大生といった、若い女性に溢れた都内のファッションビル。
その中にあるカントリー調なカフェで、実沙季は幼馴染の双子、尾崎双葉(おざきふたば)・一葉(かずは)と共にケーキを食べている。双子の弟である双葉の横には、先ほど買った女性物の服が入ったショップ袋が。双子の姉、一葉の隣には実沙季が座っている。
このショップ袋は女子である一葉の物ではない。実沙季…というか、ミサ用の洋服なのだ。三人はミサ用の新しい服を買いに来ていた。