≪ミサの15分クッキングー!こんにちはー、ミサです。今日は前回に引き続き、おもてなし料理です。簡単ローストビーフの作り方を紹介しますね≫


動画投稿サイトに投稿されている素人の料理動画。
白いフリルの三角巾に同じく白いフリルエプロンを付けた美少女が、キッチンであろう場所で笑顔で自己紹介をすると、テーブルに並べられた食材を解説し始めた。

サラサラとしたハニーブラウンの前髪を止めているのは花の装飾がついたヘアピン。この少女のイメージにぴったりなアイテムだ。
肩甲骨まである長い後ろ髪は、耳の下で二つに縛られており、邪魔にならないように背中側へ垂らされている。
そのせいか、時折その髪が前に下りてくると妙に色っぽく感じるのだ。

小鼻が小さい美しい鼻梁に、涙袋が可愛いアーモンド形の瞳。にかっと口角を上げて歯を見せて笑む口元は、ハート型に開いており、彼女の愛嬌をこれでもかと表現している。
パフスリーブの袖から見える華奢な腕や、エプロンの腰紐で強調されている細い腰を見る視聴者は、その小柄な体を抱き締めたいと思うことだろう。


ミサと名乗るこの少女の正体は不明。

ブログやツイッターなどのSNSや、彼女のオフィシャルサイトが存在しないミサは、定期的に動画サイトに料理動画を上げるだけのネットアイドルだ。
動画に投稿される感想コメントに対しても、反応を示さない稀有な存在である。

3分クッキングを真似た15分クッキングというタイトルで、毎回料理をしている映像を流している彼女のレパートリーは、誰でも簡単に出来る今夜のおかずになるレシピや、クリスマス・バレンタイン・ハロウィン…など、イベントに合わせたスイーツまでバラエティに富んでいる。
手際が良く、常に笑顔。その美しいビジュアルから、マニアの間では人気のある少女だ。


その少女、ミサのファンである男が、ここに三人居る。

「うわー今回のミサミサも可愛いなあ。ねえねえあの花のヘアピン、レストローズのだよ。この前の撮影で一緒だった女の子がこれ付けてたから僕知ってるー。ミサミサ、レストローズ好きなのかな?はあ、コンタクト取れたら僕がプレゼントしてあげるのにぃっ」
「何を言っているんだ。彼女はコンタクトが取れない、私生活が見れないミステリアスなアイドルじゃないか。そういうところが魅力なんだよ?私はそう思うな。それに、彼女とコミュニケーションが取れるようになってしまったら、今以上に人気が出てしまって、悪質なファンが出てくるかもしれない。そうなったらミサちゃんが悲しむだろう?私はこのままで十分だよ」
「ああもうお前らうるせーな。そういう面倒なこと考えずに、目の前にいるお姫様を楽しもうぜ?つけてるもんが何だとか、コンタクトがとれるとれねーとか、そんなもんどうでもいいだろ。ただ「嗚呼、カワイイな」って惚けてりゃいいんだよ」

大の男三人がパソコンを前にして、ああでもないこうでもないとミサについて熱く語りながら、彼女に魅了されている。

大きな瞳を細めて笑む愛らしい表情や、食材に触れる細い指。甘ったるい女の子らしい声に、ちらりと見える小さな耳朶。彼女の仕草やパーツ一つ一つが男たちのツボを押すようで、新作動画がアップされる度に三人はパソコンの前に並ぶのであった。

さて、この美少女は一体何者なのか。
何故、ファンとの交流をせず、ひたすら動画を上げるだけなのか…

その正体を、男たちは近いうちに知ることとなるのだ。

***

オレンジ色の優しい照明が、広いロビーの中央に飾られた立派な蘭の生け花を照らす。

等間隔に並ぶ太い柱を映す大理石の床は綺麗に磨かれ、鏡のように反射している。上を向くと、天井がこれでもかと高く、シャンデリアがすまし顔で煌めいている。
二人掛けの深いブラウン色のソファに腰をかけると、ふっくらとして全身を包んでくれるが、それが逆に落ち着かず、思わず浅く座った。

都内にある有名なホテルのロビー。そこに、居たたまれなさそうにしている少年と、その横でにこにことほほ笑む彼の父親がいる。


少年の名は神原実沙季(かんばらみさき)。15歳、高校一年生だ。
生まれつき色素が薄い実沙季は、肌の色が白く、髪も瞳もハニーブラウン色。顔も女性的で、所謂美少年の部類だ。
だが、人見知りが激しく、目立つことを嫌う彼はその美しい顔を長い前髪や大きい黒縁メガネで隠している。なるべく目立たぬように見られぬように目が合わぬように…と下を向いて顔を隠すのがデフォルトだ。

そして今日もそう過ごそうと思っていたのだが、流石にそれはやめてくれと父親に言われてしまい、長い前髪をヘアワックスで上げられ、女性的な丸い額をがっつり出された。
メガネだけは取らないでくれ勘弁してくれと頼み込み、それは大丈夫だったのだが、俯くのは禁止にされてしまい、緊張で背中に冷や汗が流れる。高校に入学して間もない、まだピシッとしたクリーンな制服が汗臭くなりそうだ、と変に心配した。

「実沙季、そんなに緊張しなくていいからね。晴子はとても優しくて気持ちがいい性格をしている女性だから、きっと実沙季も気に入ると思うよ。何も怖がることはないさ」
「うん。お父さんが選んだ人だから、信用しているよ。でもやっぱり、緊張して…何を話したらいいのかわかんない」
「ああ、大丈夫だよ。実沙季が話さなくてもパパが話すから。実沙季はリラックスして、美味しいご飯を食べていればいいんだよ」







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