所謂コミュ障。そして女装趣味がある実沙季がまともな人間と出会える機会がある訳が無い。出会ったとしてもこんな姿を見せるような仲にはならないし、そこまでの関係を築けるコミュニケーション能力ははなっからない。動画を見ているファンはいるが、危険だから会うことはしないし、そもそも会ったら男だとバレてしまうので会おうとは思っていない。
だからこの出会いは本当ラッキーだ。しかも自分を好き?お天道様が西から頭を出すくらい有り得ない事である。
実沙季の気持ちは嬉しいし有難いし申し訳ないしでも超嬉しいし…という、もう有頂天状態だ。

自分なんかを好いてくれて有難い。この感謝の気持ちを伝えたい。その為には偵之の好きなミサの格好をして、彼の手助けをすることだと実沙季は思っている。
家事を率先して行うのも、そういう意味が込められている。


昼食はすぐに作り終えた。偵之リクエストの冷汁風つけダレのそうめんにサラダだったので、二人で取り掛かればあっという間だ。

「うん、とても美味しいよ。これなら栄養もちゃんと取れるし、夏バテしなさそうだね!」

偵之はそう喜び、頬を膨らませる勢いで食してくれている。落ち着いたように思っていたが、偵之は結構表情豊かで感情的だ。大きな瞳のせいだろうか、喜怒哀楽がわかり易く、本当に良いと思っているときは瞳をキラキラとさせるのだ。
今もその大きなアーモンド型の目は輝いていて、実沙季も笑顔になった。

「缶詰ってちゃんと栄養あるってききました」
「そうだよ。生のまま入れて、缶の上から加熱して調理するんだ。だから栄養や美味しさがそのまま逃げないんだよ。志尚はしょっちゅう夏バテするから、今度食べさせてみるか。取材旅行なんて言ってるけど、東京の夏から逃げたいがために北海道に行っているだけだしね」
「お仕事じゃないんですか?」
「ああ、勿論仕事だよ?でも、一割仕事で残りの九割は遊びだ。今頃死ぬほどウニを食べて腹を膨らませて昼寝でもしているさ。それか旅館の仲居さんにサインでも頼まれてカッコ付けながら書いているんじゃないか?「北海道にはちょっとした取材でね、次の作品の舞台なんですよ」とか言いながらさ」

志尚ならおそらく後者の方だろう。サングラスをかけながら女性が好きそうな甘いスマイルを浮かべているに違いない。二人してクスクスと笑い、そうめんを啜った。

偵之との時間はいつも穏やかで和やか。賑やかな玖斗や、刺激的でセクシーな志尚もいいけど、実沙季には偵之とのこうしたのんびりした時間が合う気がする。

雰囲気が晃季に似ているからだろうか。

「実沙季くん、午後はどうする?何かやりたいことはあるかい?」
「偵之さんはありますか?」
「私?うーん、そうだな…録画してあるドラマを消化しようかな。玖斗のモデル友達がチョイ役で出ているみたいなんだよ」

そこからは、ゆったりと寛ぎタイムだ。
優しいオレンジ色のソファに二人で座り、冷たい麦茶を飲みながら録画したドラマを観た。
学園モノで、ドタバタコメディといった感じの内容だったので、実沙季でも抵抗無く楽しめた。
その、チョイ役で出ている玖斗の友人というのが誰だか判らず、メンズスタイル片手にあの子かこの子かと探したのは面白かった。

「偵之さん!きっとこの人ですよ。ほら、髪の毛の色がにてる!」
「いやいや実沙季くん、その子は鼻の形と耳の形が違うよ。やっぱりさっき映った子じゃないかな?巻き戻してみよう」

一人っ子だった実沙季からしたら、こういう兄弟とのコミュニケーションはとても新鮮で、嬉しいことだ。

「この人…じゃないですって。だって、目がこの写真とちがいます」
「分からないよ?整形したかもしれない」
「整形って!」
「あはははは!勿論、冗談だよ」

結局玖斗の友人はどれだか分からないまま、ドラマが終わってしまい、肝心の内容が全てちゃんと入って来なかった、と二人で爆笑した。

「ぼく、こんなに賑やかにドラマを観たのははじめて。いつも一人だったからうれしいです。兄弟ってこんなにたのしいんですね。偵之さんも志尚さんや玖斗さんと一緒で、たのしい?」

笑い疲れて目尻を指先で抑えながら、はーあと息を吐く。たった二人なのに騒がしく過ごせたのだから、三人だともっと楽しかったのだろう。
晴子も志尚と玖斗もお喋りだから、こうしてそれぞれが家を空ける前はとても賑やかで華やかな生活だったのだろうな。
実沙季はそう想像して、そうだった?と偵之に訊いたが、彼は実沙季の予想に反して曖昧に笑うだけだ。

「うーん…そうだな、実沙季くんには話してみようかな」

声のトーンが下がった。

『え、なんだろう?』

それまでの雰囲気が一変し、偵之は困ったような笑みを作ってこちらを見ている。「ちょっと違うんだよ。ごめんね」と言っているみたいだ。
彼の意図が解らず、実沙季はハテナマークを頭に浮かべながら黙っていると、何かを決心したように「ふう」と一息つき、偵之は実沙季のほっそりとした右手を握り、語り始めた。

「私達三兄弟は確かに仲が良い。喧嘩はするけど、今は支え合っているよ。志尚も玖斗もいい弟だ。しかし、私は彼らにコンプレックスを感じているんだ」
「コンプレックス…?」