玖斗が産まれて間もなく、晴子は前夫と死別したらしい。交通事故だったそうだ。当時、偵之は8歳。志尚は5歳だった。それから約20年、晴子と兄弟を支えてきたのだろう。その老成具合が顔に出ている。
誰もが憧れる大人の男の顔付になった偵之は、志尚に負けず劣らずモテるのだろうなと思った。


さて、三兄弟の趣味紹介が終わったということは、最後は実沙季の番である。
だが実沙季は気付いてしまった。自分の趣味は人に言えない趣味であるということに。

『……か、考えてなかった…』

正直に言えるわけがない。
ここでバカみたいに女装ですなんて言ってみろ。兄弟と自分との間には一気に巨大で頑丈な断絶の壁が出来上がり、打ち解けるどころか絶縁のレベルだ。志尚の気遣いが水の泡となる。

ここは無難で当たり障りない趣味を言わなくては。さて、それは何だ?同年代の友人達は何を趣味にしている?

『ふーちゃんはダンスだよね。ダンスかぁ…あああ、そんなのすぐバレちゃうよね。僕はダンスなんて全然出来ないし。あとは、モンハンやってる人多いから、ゲームとか?…うう、ゲーム機なんて3DSしか持ってないよ…えっと、じゃあ、なんだろ?フットサル?うわ、僕体育はいつも1か2だよ。説得力ないーこれもバレちゃう!えー!じゃあ、じゃあ、読書?志尚さんを前にしてそれは絶対に言えない!!!』

何も思い浮かばない。
ピシッと体を硬直させ、スプーンを持ったまま動けない。
三人が不思議そうに実沙季を見ているのが分かる。早くと期待の視線をビシビシ飛ばしてきている。
うう、見ないでくれ。見ても何も思い浮かばないのだから。

『や、やばい…何も思い浮かばない…マ、マンガかな。少女漫画読むの好きだし。ちゃんとマーガレットや花ゆめ、別フレもあるっ。…はっ!少女漫画じゃだめじゃん!どん引きされるよ!』

いや、女装趣味よりはましか?最近は男の人も少女漫画を読むし、意外といけるかも?自室の本棚にはちゃんとそれらの雑誌やコミックスが入っている。これなら不自然ではない。いける。


しかし、いざ!言うぞ。と息を吸った瞬間、それを遮るようなタイミングで玖斗が予想外の発言をするのだった。

「てゆーかぁ、僕ら、まだ趣味あるじゃん。三人共通の趣味がさァ」

カトラリーを置いて、意味あり気に偵之と志尚をチラリと見てから、実沙季へと視線を戻す玖斗。その甘くとろんとした目の奥に、何か怪しい色が浮かんでいるように見えた。

「………」
「………」

偵之と志尚は黙っている。
空気が、張り詰めたように見える。

『え、共通の趣味?』

目の前の志尚を見ると、彼は何か言いたげに玖斗を見てから、視線をカレー皿へと移して形のいい下唇をきゅっと噛んでいる。
偵之は「ああ」と声を漏らし、困ったようにカトラリーを置いた。

「玖斗、今それを言うのかい?」
「うん。だって、気持ち悪いじゃん。ちゃんとハッキリした方がお互いのためだよ。そう思うッショ?」
「…うん、そうだね。私も玖斗と同じ気持ちだ。しかし…」
「なンか問題あんの?悪い事じゃないし、何も問題ないと思うよ。その方がいいじゃん。にぃちゃん達もすっきりすんじゃん。僕はすっきりしたいよ」
「それはそうだけれど、私たちの気持ちよりも、もっとちゃんと…実沙季くんの気持ちを優先したいじゃないか」
「それもそうだけど、僕は我慢出来ないの!だって、四人だけなんだよ?お母さんもおじさんも居ないじゃん!こうして兄弟だけなんだからさ、ちゃんと腹割って本音言おうよォ。一番大事なことでショ?」
「そうだ、一番大事なことだ。だから、私は慎重にいきたいんだ。その、これは、下手したら差別になってしまうかもしれないし…」
「ああ!もうメンドくせえなあ。いいじゃねえか。もう話しちまおうぜ。その方が実沙季のためになんだろ」

どこか言葉を濁す偵之にイラついたように、志尚は人差し指でテーブルをトントンと叩きながら二人の会話を遮った。

何だ?実沙季の気持ち?三人は何を話そうとしているのだろうか。
すっきりするとは?玖斗の意味深な視線が肌に刺さる。
ともかく自分が原因で言い争っている事は解り、実沙季は怖くなって俯いた。

どうしよう、きっと自分がいつまで経っても影渕家に慣れていないせいだ。だから、三人は実沙季に気を使うあまり、喧嘩になってしまっている……
そんな実沙季の心情を察してか、志尚の

「違うんだ。わりぃ。お前が悪いわけじゃない」

というフォローが入った。

それを見て、偵之は何かを諦め、何かを決心したらしい。
自分を落ち着かせるように息を一つ吐くと、改まって体ごと実沙季へ向いた。
驚いて彼を見ると、大きなアーモンド型の瞳が強張っている。
真剣な表情に、嫌な予感が過る。

「晃季さんには実沙季くんが私たちに慣れてからにしてくれと言われたのだけど…ごめんね、私たちはもう自分の気持ちを抑えられないんだ」
「えっと…なんですか?」
「私たちは君があの、ミサだということを知っているんだよ」