「みーちゃんはエビチリが好きなんだ?じゃあ中華が好きなの?僕、美味しい中華のレストラン知ってるから、今度連れてってあげようか?」
「中華料理は、からすぎないのなら好きです…玖斗さんは、そういうお店…」
「違うよー玖斗さんじゃなくて、お兄ちゃん。っしょ?」
「お、おに…」
「やめなさい玖斗。無理矢理言わせるものじゃないよ。まだ実沙季くんは慣れていないんだ。こういうのは徐々に打ち解けていくべきなんだよ」

玖斗はお兄ちゃん呼びに拘っている。初対面の時からそうだった。実沙季にお兄ちゃんと呼ばせるように事あるごとに「お兄ちゃんだよ!」と言う。
彼が望むのならそうしたいのだが、まだ、違和感は拭えない。家族として過ごすためにはお兄ちゃんと呼ぶべきなのだろうが、そこまで出来ないのだ。

偵之が言うように打ち解けていないからだろう。だって彼らは、実沙季の女装趣味を知らないのだから。

『やっぱり、隠し事があるまんま、家族として心を開くのはむずしいな。それに、みんなカッコイイから緊張しちゃうし。偵之さんはよく一緒にご飯作ったりお掃除したりするから少しなれてきたけど、志尚さんはまだぜんぜん…』

チラリと志尚を見る。ギリシャ人のような深い瞳と目が合い、慌てて視線をそらした。
特に美しい志尚は緊張してしまう。人形にしか見えない。人形が喋って食事をしているみたいで、同じ人間とは思えない。
カレーライスにこれでもかとらっきょうを乗せて食べているのが信じられないくらい、志尚は作り物のように見える。
そんな志尚が「じゃあさぁ」と、スプーンで挙手をした。

「ごきげんようみたいにトークテーマ決めて、俺たちを実沙季に知ってもらって、実沙季のことを俺たちに教えてもらえば良くないか?例えばテーマが「趣味」なら、俺たちの趣味を実沙季に伝えて知ってもらって、実沙季の趣味を教えてもらうんだよ。いい機会だ。これで少しは打ち解けられんだろ」
「なるほど。そういうのは実にいいことだよ。私は賛成だ。よし、早速やろう。うん、いいディナーになってきたんじゃないか?」
「んじゃあテーマ決める?なに?趣味でいっかなあーこれ1回だけじゃないっしょ?」

志尚の提案はすぐに採用され、最初のトークテーマは「趣味」になった。言いだしっぺの志尚からスタートだ。
彼はスプーンを置くと、わざとらしく咳払いをし、アルカイックスマイルを浮かべてこちらを見た。

「俺の趣味は音楽だな。俺の部屋にギターあんの見ただろ?ESPが好きで、そこのを集めてた。まあ、今は落ち着いてるけどな。学生の頃はロックバンドのギター担当だった。ビジュアル系なんてのもしたぜ。だけどあれは駄目だ、一瞬で解散した。何故かって?俺みたいなマッチョがメイクするとキモいことこの上無いわけだ。ハハハ、今度その時の写真見せてやるよ。かなり黒歴史だぜ?
昔のバンドが好きだな。ローリングストーンズ、KISS、U2、XJapanも好きだぜ。この辺は実沙季は知らないだろ?」
「は、はい」
「OKOK今度ライブ映像見せてやるから。だからたまに昔の仲間に呼ばれて、臨時でライブハウスに行ったりもする。勿論ギターでな。歌もイケるんだけど、ほら、俺がヴォーカルやっちまうと目立ち過ぎちまうだろ?イケメンだからさ。だからそこは一歩引いて、華を持たせてやってたりするな。ん、そんな感じだ」

志尚らしい、自信に満ちたトークだ。自分の美を理解している彼は、割とナルシストが入っているようで、時折そんな軽口を叩く。謙遜されるより、そこまで言ってくれた方が逆に気持ちいい。
ビジュアルに似合ったカッコイイ趣味に、実沙季は納得だと首を縦に振った。

次は玖斗の番である。

「えっとー、僕は美術館とか行くの好きだよ。そういうの好きなんだよねー見たりするの。いい刺激になる気がするかも。だからよく上野には言ってるよ。みーちゃんは芸術は好き?」
「はい。えっと、あ、な、なんだっけ、騙し絵展?には行きました」
「あー、あれでしょ?人の顔が植物や野菜のやつ。ジュゼッペ・アルチンボルド作のさァ」
「多分、それだとおもいます」
「うんうん、あれ面白いよね。僕も行った。あとはぁ、みーちゃんは苦手みたいだけど、オスカーのお散歩かな?僕のわんこだし、やっぱかわいーんだ。無理に慣れなくていいから、少しずつオスカーのことカワイーって思ってネ」
「ど、努力します…」

玖斗は終わり―と告げると、スプーンを持ってカレーを食べ始めた。ゆるい感じといい、何だかマイペースだ。
犬は苦手だが、オスカーは邪見には出来ない。オスカーだって立派な家族なのだ。見てるぶんには可愛いし、お利口だし、ちゃんと躾されている。

『で、でも、まだ恐いかも…』

今は難しいが、いずれ触れるようになろうと思った。

次は偵之だ。テーブルに両肘を付き、指を組んで少し考える素振りをした。

「そうだな、私は特に趣味らしい趣味はないんだけど…掃除が好きだね。綺麗好きなんだ。整理整頓も好きだし、秩序を守った交代制も好きだよ。キッチリしていなきゃ気が済まないんだよ。だから、何日も部屋に籠って無精髭を作った志尚の顔は見てられないね。一気に髭を剃ってやりたくなる」
「おい、俺はその後ちゃんと風呂入って髭剃ってんだろ」
「当たり前だ。不衛生なのは良くない。実沙季くんがきっちりしている子で安心したんだ。志尚も玖斗もだらしないからね。玖斗なんてオスカーの散歩から帰ったと思ったら泥だらけになっていたんだ。しかもその状態で家に上がろうとしたし…近所迷惑になるくらい怒鳴りつけたよ」
「えー!だってあれはさぁ、オスカーと遊んでたんだから仕方ないじゃん!それに足は庭の水道でちゃんと洗ってたっつのー!」
「足だけだっただろ。膝や尻はドロドロなままだったじゃないか。せっかく母さんと僕で掃除していたのに。……ごほん、ともかく君がしっかりしてくれて凄く助かっているよ」

偵之の大きな瞳が細くなる。優しい笑みを浮かべる彼は、歳よりも上に見えた。