『偵之さんもカッコよかったけど、ゆ、志尚さんも凄いよ!どうしよう。絶対、絶対絶対しゃべれない!』

こんな美形を見て、汚い格好と言った晴子が信じられない。全然汚くないではないか。寧ろ色気が凄すぎてクラクラしてしまいそうだ。

どうしよう。確実に実沙季を見ている。なんて挨拶しよう。考えていたのに思い出せない。
そう心の中で慌てても、志尚はずんずんと近づき、あっという間に実沙季の目の前に。

そして片手を上げて彼は陽気に笑んだ。

「よおブラザー!お前が実沙季だろ?俺は次男の志尚だ。志しに、高尚の尚って書いて志尚な?よろしくな!」
「は、は、はいっ」

強引に手を捕まれ、ぶんぶんとシェイクするように握手をされる。
いきなりの事で「はい」しか言えない。

「俺は本書いて売ってる仕事してんだけどさ、実沙季は俺の本読んだことあるか?あ、今年、映画化されたんだけどさ、見たりしちゃったりしてー?なあなあ」
「す、すすすみませ…読んでなくて…」
「おお、そりゃそうだな!結構ドロドロエロエロした大人の内容だ。高校生にはまだ早い。読んでも面白くはねぇな。でも、本くらい読むだろ?夏休みの宿題で読書感想文位はあったはずだぜ?誰の本読んだ?ん?」
「し、時雨沢、せんせいのっ、本なら…」
「シグサワ?……ああ、ライトノベルか!それなら俺も読んだことある。俺がまだ中坊の頃だ。付き合った女も5人しかいなかった頃だったなァ。女の子が喋るバイクに乗って色んな国へ旅に行く話だろ?「これから行く国はどんな国なの?」「イケメンだらけのパラダイスな国よ」ってやつだ。面白かったな。読みやすかったし、弟の玖斗も読んでた」
「イケメンの国は、無かったですけどっ、それです。…し、新巻出たら、買って…」
「ということは、まだ続いてるのか?すげーな!10年も経ってる!」

……凄すぎてほぼ単語でしか返せない。
前言撤回する。志尚は晴子の息子だ。このマシンガンっぷりは晴子からきっちり受け継がれている。もうマシンガンというよりガトリングガンの域だが。
アメリカ人かと問いたくなるくらい、志尚は陽気にペラペラとしゃべり、オーバーにリアクションし、ジョークを言う。
その見た目のせいか、そんな動きがまるで芝居がかっているみたいで、コメディドラマのワンシーンを目の前で見ているようだ。

「ところで、実沙季。お前なんでそんな格好してんだ?」

HAHAHAと笑ったところで、いきなりトーンを下げ、神妙な顔つきで志尚はこちらを見つめてきた。
眉をひそめて、ジロジロと観察してくる。

「えっ、引越しなので、荷物片付けるから…」
「ああ、違う違う。服装じゃねーよ。頭とメガネだ。前髪伸ばしっぱーで、ダサいメガネだ。何だそのメガネは。死んだじーさんが付けてたのとソックリだぞ」
「これは、あの、いいんです」
「は?何でだよ?せっかくのイケメンが台無しだぜ?お前、キレーな顔してんだから、それを全面的に出せよ」
『え、この人、僕の顔がちゃんと見えるの!?』

前髪を下ろして眼鏡をかけていたら絶対に素顔はバレないのに、志尚にはアッサリとバレてしまった。
こんなに隠しているのに、どうして解るのか、と彼を見つめると、志尚は自身の艶やかで豊かな髪をさっと掻き上げ、ニヤリと笑って見せる。
ハリウッドスターのような輝いた笑顔に、思わずドキドキとした。

「実沙季は恥ずかしがり屋なんだなぁ?」
「…はい。ジロジロ見られるのは、ちょっと苦手で…」
「道行く奴、みんなお前を見るんだろ?」
「そうです。だから、隠したくて…」
「いっちょ前に自分が美形なのは自覚してるってわけか」

美形と言われたが、志尚ほどではない。実沙季はこんなに美しい男を見たのは初めてだ。
そんな彼が顔を近付け、眼鏡を外そうとしている。
抵抗したいのに出来ず、実沙季は硬直するだけ。石になったみたいに動けない。

「おっ、いい面構え」
「…っ」

簡単に眼鏡を外され、レンズを通して見ない、直接の彼の顔面は最早凶器だ。美しさに殺されそうだ。
心臓がドキドキしっぱなしで、痛いくらい。

「これはやばいな。モテモテになって困るだろ?物凄いカワイイ顔じゃねーか。俺の次に」
「あ、あの…」

志尚のジョークが耳に入らない。凝視されると、体中の汗が噴き出すのだ。
むわっと沸き立つ彼のフェロモンで噎せ返りそうになる。自分は男なのに、恋する乙女のように緊張してしまう。

鼻の頭にも、鼻の下にも汗の粒が出来そうで恥ずかしい。逃げたいのに逃げられない。どうしよう。
なんて戸惑っていると、目の前の美形は間抜けな顔をしてべこん!と頭を下げた。

「いってぇ!!」
「志尚!実沙季くんにちょっかい出してないで、顔洗ってきなさい!」

後ろから晴子に頭を叩かれたのだ。

『助かった…』