熱の条件 | ナノ






貫地谷鐐平はスマートフォンに保存されている恵桜介の画像を見つめた。

それはよく見る光景で、彼が教室の机に向かって本を読んでいる姿だ。
大きな瞳を少し伏せて、鮮やかなピンクの唇をきゅっと引き締め、姿勢良く読書する姿は絵になる。本屋のポスターにしてもいいだろう。
白い肌に、学ランの黒といったコントラストも耽美でいい。美少年にはやはり学ランが似合う。
ツイッターやラインで出回っている桜介の画像を、こっそり保存するのが趣味だったりするのだ。

『味見してみたかったな』

鐐平はそんな事を思いながら、ベッドへ突っ伏した。
そりゃそうだ。大和の姫、大和のアイドル、大和の花、大和の聖域、大和の妖精、大和の天使……なんてアホみたいに崇められ、アイドル扱いされ、時にはこのように盗撮され、誰かのオカズにでもされ、誰かに一方的に惚れられ、白河鷹臣の女にされていたような人物だ。一度くらいは性行為をしてみたいものだろう。
最後までするのが無理でも、触ったり、触ってもらったり…と、それくらいは出来たかもしれない。

そんな下衆なことを考えながら、鐐平は溜息をつく。
鷹臣がいた頃は、遠くから眺めることしか出来なかった。鷹臣が卒業してからが本番だろうと思っていたが、卒業してからが厄介で、誰も桜介に近づけなくなってしまった。それは鐐平も含めてだ。

『あの時は、ビックリしたな…』


三ヶ月前…卒業式を終えたばかりの三月。
卒業式を終えて、三年生達が寮を出るために引越準備をしている中、寮長達が鷹臣と桜介の部屋へと呼ばれた。
寮長は一年周期で変わる。新寮長となった鐐平は、初めての寮長としての仕事に、多少なりとも緊張をしていた。
あの白河鷹臣に呼び出されたのだから、どんな人間でも緊張しないはずがない。
呼ばれたのは、来月の四月で高等部一、二、三年になる冴えない男三名。
小太りで正義感に溢れる大きな瞳をしている秋川先輩と、今時、そんな眼鏡があるのかと疑いたくなるくらい分厚い瓶底眼鏡をかけている、吉田という後輩。

「何ですかね、白河先輩からの呼び出しですよ」

部屋に行く前に三人で会い、秋川へと話しかけると、彼は大きな瞳を爛々とさせ

「きっと、これからの大和寮での注意点や何か激励をくれるんじゃないかな!」

と、自信満々に答えた。何故、寮長でもない鷹臣が、大和寮の注意点を伝えてくれるのかと鐐平はツッコミを入れたかったが、黙っていた。
吉田に聞くと、まだ中等部三年の彼は、鷹臣を怖がっていて

「分からないです。僕はもう、粗相をしないようにしなきゃって、そればかりで…」

と、ガッチガチに緊張していた。
そんな二人を見ると、まあ会ってみなければ判らない、という結論しか出せず、鐐平が部屋のインターホンを押したのである。

「入れ」

低く強い、だが色気がある声の返事が聞こえ、恐る恐る三人は足を踏み入れた。
初めて入る鷹臣の部屋。特別広いのかと思ったが、玄関は普通だ。作りも広さも、ほかの生徒との部屋と変わらない。
もっとホテルのような豪華なイメージを持っていたので、意外だなと思いながら、小さな廊下を進み、リビングへのドアを開ける。

そこからが、異様な光景だった。

−ガチャ

「よお。遠慮せず入れよ」
「……!!」

扉を開けて見えたのは、屋久杉の高級感溢れるテーブルと、フクラのカウチソファ。
そのソファにふんぞり返るように座っているのは、大和の王者、白河鷹臣。
195センチの大きな体は、手足がとても長くて、座っているソファを悠々と包めてしまいそう。
トレーナーの上からでも判るくらい筋肉で胸は厚く、腕も太腿も太い。大木のようだと思った。殴られたら簡単に骨が粉砕するだろう。それくらい、重い攻撃を簡単に出来そうに見える。現に、他校の生徒がそれで骨折をしている。
彫りが深く、エキゾチックな印象を与える垂れた目は、楽しそうに歪み、ニヤニヤと鐐平達を見上げている。綺麗な金髪を掻き上げながら、厚い唇をペロリと舐める仕草は、様になっていて恰好いい。

そして、彼の逞しい腕に抱かれて俯いているのは、

『恵…桜介?』

女性物のベビードールに身を包み、美しい脚を鷹臣に乗せて頬を赤らめる美少年だ。

『は?なんだ、女装?』

白いコットン生地のノースリーブのそれは、おそらく踝まである長いワンピース丈。上から下までボタンでとめるようになっているが、膝から下はボタンがかけられておらず、桜介の華奢で毛がないすべすべとした脚が艶かしく現れている。瑞々しくて、毛穴がないつるりとしたそれは、男の癖にふわふわな肌質で、妙に妖しく、女性の脚よりもエロティックだ。思わず、目をそらしてしまう。
薄い白い生地のベビードールのせいで、うっすらとだが、下の肌色が透けて見えた。だから、桜介はいま下着をつけていないと認識した。
まぁるくふんわりとした尻のシルエットの向こう側も、ほんのりと肌色が浮いているのだ。