熱の条件 | ナノ



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頭上から驚いたような声が聞こえる。顔を上げると、目を丸くするアキラと目が合った。
そんなに驚くことだろうか?誰もがアキラに憧れるとは思うが…

「はい。だって、アキラくんは恰好いいし、頭もいいし優しいし、僕に無いものを沢山持ってますよ?」

クラスメイトの泉悠人だってアキラに夢中だし、チャラ男の橋本だってアキラと仲が良い。何を考えているかよく判らなくてとっつきにくいと言われている貫地谷鐐平だって、アキラを信頼しているように見える。
桜介には、桜介をそう思ってくれる人はいない。
だから憧れるのだ。

「そんなの、桜だってそうだよ。上品で優しくて可愛い。真面目だし、丁寧な言葉遣いも素敵だと思うよ。それに、気配りだって出来る」
「え、そんな…」

アキラのように人に優しく出来る人間になりたい。そう思っていたが、逆に桜介が褒められてしまい、言葉に詰まった。
アキラが言うような人間ではないと思っているため、そう言われるとなんて応えたらいいのか困ってしまう。

「僕、 褒めてもらえるようなことしてませんよ」
「いや、俺は知っているよ。桜が日直の時、集めた提出物のノートやプリントを五十音順に並べ直しているよね。あれって先生がチェック付けやすいようにそうしているんだろう?あと、三組の担当花壇の世話をサボる奴の代わりに、桜が水をあげているのを前に見たよ」

そういうのを見て、更に好きになったんだ。と懐かしそうに言うアキラの顔が美しく、何だか恥ずかしくなって下を向いた。

中高一貫のむさ苦しい男子校のイメージをどうにか爽やかなものにしよう、と至る所に季節の花が咲き誇る花壇がある。
一クラスに一花壇と決められており、水やりや虫や雑草の除去は日直の仕事だ。だが、花壇なんて興味ない男が多数。世話をサボる輩が多い。
だから桜介が代わりに仕事をするのだ。
と言っても、友達がいないためすることがなく毎日が暇。だから暇つぶしのために勝手にやっているだけだったりする。
しかも、話し相手がいないからたまに花に話しかけていたりするのだ。

『話しかけてるところ、見られてたらどうしよう…』

嬉しいけれど、独り言を呟いているところを見られていたら流石にそれは喜べない。
何とも言えず、照れて首を横に振っていると「照れないで」と額にキスをされた。
よく髪や額、頬にキスをするなと思った。

『僕もした方がいいのかな?』

そんな事を思いながら身をよじり、体制を変えた時、部屋の隅に置かれている桜介の荷物が目に入る。

「あ!」

カジュアルなショルダーバッグと、表参道ヒルズの雑貨屋で買った小さなプレゼント用の紙袋。白いしっかりした紙袋にはブランド名がプリントされ、持ち手には青いリボンがくくられている。それは、アキラへのプレゼントなのだ。

「どうしたの?」
「忘れてました!」
「ん?」

ベッドから這い出て紙袋を手に取る。そしてすぐにアキラへと渡した。

「あの、テディベアのお礼です!」
「え、これ、俺に?」
「はい。あの、気に入ってもらえるか判りませんが…」

そう伝えると驚いた顔から、瞬時にわくわくしたように目を爛々とさせ、袋の口に貼られたシールを剥がすアキラ。起き上がり、ベッドの上で胡座をかいて丁寧に開く彼の姿に、ドキドキする。
店員に勧められて買ったはいいが、気に入られなかったらどうしよう。

「これは…メガネケースだね?」
「そうです」

袋から出てきたのは、牛革のメガネケース。だが、普通のデザインではなく、筒状になっていて、両端三センチがメタリック素材だ。片側のメタリックの蓋を開けて、メガネをしまう仕組みになっている。
深みのあるクラシックレザーはダークブラウンだがワインレッドの上に塗りこんであるのだろうか複雑で落ち着いた色をしている。それとは反対にブランド名が彫られたメタリック部分は輝いていて、コントラストが美しい。

「ありがとう!恰好いいね。革だし、使い込むと味が出そうだ。今度からこっちを使うよ。本当にありがとう」
「あの、大丈夫でした?」
「大丈夫って?勿論だよ!桜はセンスいいね。うわぁ、嬉しいな。宝物にするね!」
「良かったぁ。そんな、宝物だなんて…」
「桜からの贈り物は全て宝物だよ。本当、ありがとう」

早速ベッドサイドテーブルに置かれているメガネをしまい、大事そうにそこに置く。ちょっと体を離して眺めると、満足気に「ふふ」と笑っている。

『良かった。喜んでもらえて』

思っていたより早くお礼が出来て、桜介も嬉しい。嗣彦には感謝しなくてはならない。

『あ、そういえば、籠原先輩のことで、何か引っかかることがあったんだけど…何だったっけ?忘れちゃったな…』

まあ、その内思い出すよね。
今はアキラとの時間を大切にしなければ。
桜介は抱き締めてくる力強い腕に体を預け、再びゆっくりとベッドに沈んだ。

***

時間は数時間戻り、時刻は朝の七時。
アキラはゆっくりと目が覚めた。
右手を上げて目を擦るが、何だかだるくて上手く動かせない。
身をよじって体制を変えようとすると、何かに邪魔をされて動けない。

「………」

首だけ動かすと、左腕は桜介の枕となっていた。こちら側に体を向けて、アキラの二の腕の付け根の所に頭を乗せて小さな寝息を立てている。
ふわふわな髪の毛が、寝乱れて更にふわふわと寝癖をつけていて天使のようだ。
その愛らしくも美しい光景を見て、アキラは昨日の事を思い出した。

そうだ、ヤり過ぎて体が物凄くだるいのだ、と。

それはもう相当ヤった。ヤりまくってヤりまくって猿みたいに腰を振った。
対面座位で桜介が出した後、そのまま正常位に戻し一回。
一緒に風呂に入り体を清め、さあ寝ようとなった時に、何だかむらむらしてまさぐってしまい。そこから二回。
最後はもうぐったりしている桜介にフェラチオを教え、彼の綺麗な顔にかけて終了。
動き過ぎて腕や太腿、腰がおかしいし、舐めすぎて顎の筋肉にも違和感がある。こんなにシまくったのは生まれて初めてだ。自慰すら一日でこんなに出さない。

「あっ、ゃ、やだぁ…ねばねばして…ゃぁ」

桜介に顔射した時、そう泣いた姿が可愛いかった。顔を汚されたことに酔っているみたいだった。

『とうとう、手に入れた…とうとう…』

隣に眠る天使をぎゅっと抱き締める。
髪の毛からいい匂いがして、それを思い切り吸い込みながら、アキラはほくそ笑む。昨夜の桜介のあられもない姿が忘れられない。快楽に溺れきったうっとりとした表情が忘れられない。
あれはもうアキラだけのものだ。
アキラにしか作れない表情だ。
もう桜介は知ってしまった。好きな人に触られる官能と、溺れるみっともなさと被虐的な興奮を。
絶対、また味わわせてあげよう。そしてもっと溺れさせるのだ。
心も体も、アキラ無しでは生きられないようにしなければ…

「ふ、ははは…」

これからの生活が楽しみで仕方がない。
アキラは静かに笑い、桜介の髪の毛を一房、口に含んだ。