熱の条件 | ナノ






『凄い。嬉しい……でも…』

だが、桜介は気づいてしまった。
全てが全て、薔薇色に染まってはいないということを。
その汚く、黒い嫌な色はまだまだ桜介の世界を支配し、幸せな色を追い出そうとしている。
ずっと桜介を縛り続け、絶対に離さないと耳元で囁いているのだ。

『ダメだ。僕はずっと先輩に…』

悲しいことに、アキラと両思いになっても常に鷹臣に監視され、まだ彼の支配下にいることは変わりない。

「…桜?」
「……」

心はアキラを求めている。体だってそうだし、アキラを想うと勝手に体温が上がり、ドキドキと高鳴る心臓だってそうだ。
全てアキラのものにしてほしいし、桜介が好きなのはアキラしかいない。
でも、じゃあ、アキラは…?
いくら自分はアキラが好きだ。アキラだけしかいない、鷹臣は好きではないと言っても、この前までは常に鷹臣と過ごし、彼と躰を繋いでいた。それが望んだことではないとしても、その事実は変わらないし、今も監視から隠れるようにこうして逢っている。
周りは、桜介と鷹臣が付き合っていると思っていたようだが、それは全くの誤解で、一方的に付き合わされただけ。普通の恋人同士のような関係ではなかったのだ。

『だって、ずっと無理矢理だった…』

躰の関係は常に無理矢理。毎回嫌だと泣くものだった。
犯されていたと言っていいだろう。

『そう、僕は、先輩にずっと…』

そんな自分を、アキラは知らない。
知らずに、好きだと言っている。

「あ、アキラくん…僕は、白河先輩と、付き合っていませんでした…」
「桜…?どうしたんだい…」
「僕は、好きじゃなくて、先輩に、むりやり…」

リラックスしたように伸ばされていた脚が、自然と曲り、体育座りの形になると膝に額を付けて顔を隠した。
アキラの顔が見られないからだ。

「みんなは、僕のことを束縛が激しい先輩に好かれて、大変だろうけど満更でもなさそうだった。って思っています。だってそうです。先輩は格好いいし、頭も良かったし、カリスマ性がありました。…ファンの方も他校にもいましたし。そんな人に好かれて、嫌な顔をする人はいません。だから、常に先輩の隣にいた僕は、自然と相思相愛と思われていました。なので、あの裏校則が出来た時、ツイッターで「嫌なら別れればいいのに」と言われていたみたいです。「いくら格好良くても、あんな束縛されたらいい加減別れるだろ」とか。
でも、恋人同士でないのに、別れるとかは出来ないんです。一方的に僕が好かれて、無理矢理付き合わされているんですから。…アキラくん」

そこまで語り、桜介はゆっくりとアキラを呼んだ。
まだ顔は上げられない。怖い。

「うん、」
「僕は、四年間ずっと、先輩と同室で、常に先輩の隣にいたんです。四年間…その間、男性が何もせずに居られると、おもい…」
「ごめんね、そんな事は言わなくていいんだ」

無理矢理されていた。どうしてもその言葉が言えずに、辛うじて捻り出して濁した言葉は、いち早くアキラに塞がれる。
肩を抱かれ、頭を撫でられ、言わなくていいと繰り返すアキラの体温と香りが、全身を包んだ。

「いいよ、いいんだ。桜は俺が好きなんだろう?俺はそれだけで充分幸せなんだよ。だから、俺も桜を幸せにしたい。悲しい事を言わせないようにしてあげたいよ。過去に何かあって、桜がそのせいで俺に引け目を感じているのなら、気にしなくていい。俺は何があっても桜が好きだよ。その白河先輩から守るよ。これ以上悲しませないようにする。そんな奴やっつけて、桜を自由にする。誓うよ、俺は白河先輩を完璧に桜から引き離してみせるよ」
「…アキラくん…」
「どんな桜でも好きだ。過去に何かがあったとしても、俺の気持ちは変わらない。誓うよ。俺はずっと君を想っていると」
「僕…」

後頭部にアキラの唇が柔らかく当たる。
こんなことを突然言われて、戸惑っているはずなのに、彼は優しい。桜介を想い、桜介に懸命に宣言をしてくれている。
だから、おもむろに顔を上げると、今度は力強く抱き締められた。
彼の大きな掌が背中に回り、腕にすっぽりと包まれる。

その強さは情熱的であり、子供が母にしがみつくような必死さもあり、そして決意の強さも感じられるものだった。

それが嬉しくて、嬉しくて、桜介の肩の力がやっと抜けて涙が溢れる程だ。

「ぼく、ぼくも、ずっとアキラくんが好きです。アキラくんだけです。ひっく、ふ、アキラくん以外、好きじゃないです…」
「うん、うん」
「んっ、ひっく、ひっ…ぼくの初恋は、アキラくんなんです。…きもちは、アキラくんが初めてなんです…」
「うん、嬉しいよ…嗚呼、泣かないで」

綺麗な親指で頬を撫でられ、美しい唇で、涙を拭うように目じりにキスをされた。
嬉し泣きはいつ振りだろうか。悲しい涙しかなかったかもしれない。
もしかしたら、それも初めてかもしれない…

『アキラくん、ありがとう』

アキラを好きになって良かった。