∴ 3 『凄い。嬉しい……でも…』 だが、桜介は気づいてしまった。 全てが全て、薔薇色に染まってはいないということを。 その汚く、黒い嫌な色はまだまだ桜介の世界を支配し、幸せな色を追い出そうとしている。 ずっと桜介を縛り続け、絶対に離さないと耳元で囁いているのだ。 『ダメだ。僕はずっと先輩に…』 悲しいことに、アキラと両思いになっても常に鷹臣に監視され、まだ彼の支配下にいることは変わりない。 「…桜?」 「……」 心はアキラを求めている。体だってそうだし、アキラを想うと勝手に体温が上がり、ドキドキと高鳴る心臓だってそうだ。 全てアキラのものにしてほしいし、桜介が好きなのはアキラしかいない。 でも、じゃあ、アキラは…? いくら自分はアキラが好きだ。アキラだけしかいない、鷹臣は好きではないと言っても、この前までは常に鷹臣と過ごし、彼と躰を繋いでいた。それが望んだことではないとしても、その事実は変わらないし、今も監視から隠れるようにこうして逢っている。 周りは、桜介と鷹臣が付き合っていると思っていたようだが、それは全くの誤解で、一方的に付き合わされただけ。普通の恋人同士のような関係ではなかったのだ。 『だって、ずっと無理矢理だった…』 躰の関係は常に無理矢理。毎回嫌だと泣くものだった。 犯されていたと言っていいだろう。 『そう、僕は、先輩にずっと…』 そんな自分を、アキラは知らない。 知らずに、好きだと言っている。 「あ、アキラくん…僕は、白河先輩と、付き合っていませんでした…」 「桜…?どうしたんだい…」 「僕は、好きじゃなくて、先輩に、むりやり…」 リラックスしたように伸ばされていた脚が、自然と曲り、体育座りの形になると膝に額を付けて顔を隠した。 アキラの顔が見られないからだ。 「みんなは、僕のことを束縛が激しい先輩に好かれて、大変だろうけど満更でもなさそうだった。って思っています。だってそうです。先輩は格好いいし、頭も良かったし、カリスマ性がありました。…ファンの方も他校にもいましたし。そんな人に好かれて、嫌な顔をする人はいません。だから、常に先輩の隣にいた僕は、自然と相思相愛と思われていました。なので、あの裏校則が出来た時、ツイッターで「嫌なら別れればいいのに」と言われていたみたいです。「いくら格好良くても、あんな束縛されたらいい加減別れるだろ」とか。 でも、恋人同士でないのに、別れるとかは出来ないんです。一方的に僕が好かれて、無理矢理付き合わされているんですから。…アキラくん」 そこまで語り、桜介はゆっくりとアキラを呼んだ。 まだ顔は上げられない。怖い。 「うん、」 「僕は、四年間ずっと、先輩と同室で、常に先輩の隣にいたんです。四年間…その間、男性が何もせずに居られると、おもい…」 「ごめんね、そんな事は言わなくていいんだ」 無理矢理されていた。どうしてもその言葉が言えずに、辛うじて捻り出して濁した言葉は、いち早くアキラに塞がれる。 肩を抱かれ、頭を撫でられ、言わなくていいと繰り返すアキラの体温と香りが、全身を包んだ。 「いいよ、いいんだ。桜は俺が好きなんだろう?俺はそれだけで充分幸せなんだよ。だから、俺も桜を幸せにしたい。悲しい事を言わせないようにしてあげたいよ。過去に何かあって、桜がそのせいで俺に引け目を感じているのなら、気にしなくていい。俺は何があっても桜が好きだよ。その白河先輩から守るよ。これ以上悲しませないようにする。そんな奴やっつけて、桜を自由にする。誓うよ、俺は白河先輩を完璧に桜から引き離してみせるよ」 「…アキラくん…」 「どんな桜でも好きだ。過去に何かがあったとしても、俺の気持ちは変わらない。誓うよ。俺はずっと君を想っていると」 「僕…」 後頭部にアキラの唇が柔らかく当たる。 こんなことを突然言われて、戸惑っているはずなのに、彼は優しい。桜介を想い、桜介に懸命に宣言をしてくれている。 だから、おもむろに顔を上げると、今度は力強く抱き締められた。 彼の大きな掌が背中に回り、腕にすっぽりと包まれる。 その強さは情熱的であり、子供が母にしがみつくような必死さもあり、そして決意の強さも感じられるものだった。 それが嬉しくて、嬉しくて、桜介の肩の力がやっと抜けて涙が溢れる程だ。 「ぼく、ぼくも、ずっとアキラくんが好きです。アキラくんだけです。ひっく、ふ、アキラくん以外、好きじゃないです…」 「うん、うん」 「んっ、ひっく、ひっ…ぼくの初恋は、アキラくんなんです。…きもちは、アキラくんが初めてなんです…」 「うん、嬉しいよ…嗚呼、泣かないで」 綺麗な親指で頬を撫でられ、美しい唇で、涙を拭うように目じりにキスをされた。 嬉し泣きはいつ振りだろうか。悲しい涙しかなかったかもしれない。 もしかしたら、それも初めてかもしれない… 『アキラくん、ありがとう』 アキラを好きになって良かった。 |