∴ 2 「ぷ!ふははっ、何今の、可愛いなぁ」 「うう、だって…何か、テンション上がってしまって」 「あははは、解るよ。俺もすごいワクワクしてるから。学校から離れてるからかな、いつもよりちょっと大胆になってしまうね」 至極楽しそうに笑うアキラは、今度は大胆にも頬にちゅっとキスをする。今度は叫ばなかったが、それでもかなりな事をされたので、肩をビクッと跳ねさせ思わずアキラの腕を叩いた。 「人が少ないからって、さ、流石にダメです!」 「はははは!ごめんごめん」 嬉しいけどこれはやりすぎだと顔を真っ赤にして怒るが、アキラは悪びれることもせず、本当に楽しそうにするだけ。そんな彼を見ると桜介と同じように浮かれているんだと分かり、嬉しくなってしまう。 「ふ、二人きりになった時にして下さい」 「そうだね、楽しみだなぁ。天気もいいし、良かった。俺おすすめのレストランがあるんだよ。予約したから夜はそこに行こう」 「わあ、ありがとうございます。どういうところですか?」 「地元の採れたて野菜を使ってて、イタリアンかな。あとはお楽しみってことで」 それからは朝食用の駅弁を食べて、外の景色を眺めたり、いろいろお喋りをしたりと楽しんだ。 まだ行きの新幹線だというのに桜介はデジカメに沢山写真をおさめたし、アキラもスマートフォンで桜介との2ショットを何枚も撮影した。 早く出たからか、昼前には箱根湯本駅に到着。 改札を出ると、ギラギラとした熱い陽射しながらもスッキリとした爽やかな風が二人の体を包んで歓迎した。F市や東京とは違った夏の空気にワクワクする。 「あ!片桐さん!こっち!」 隣にいるアキラが少し背伸びをして片手を上げると、目線の先にピシリとスーツを着て白手袋をはめている青年が。 運転手の片桐さんだ。 アキラの父の運転手だと聞いていたから年配の人かと思っていたけれど、片桐は随分若い。二十代後半くらいに見える。 暑いのに汗一つかかず、アキラを見て穏やかに笑んだ片桐はすぐ様こちらに着て丁寧に頭を下げる。 「お久しぶりです、アキラ様。初めまして恵様。私、片桐と申します」 「あ、初めまして。恵桜介ですっ。宜しくお願いします」 慌てて頭を下げると、片桐は涼しい顔で二人分の荷物を持ち、車まで案内した。 「申してくだされば大和までお迎えに伺ったのですが…荷物を持ってのご移動は大変ではありませんでしたか?」 「新幹線だから楽だったよ。それに、久しぶりに乗れて楽しかった。駅弁も食べたんだよ。ね、桜?」 「はい、僕は釜飯でアキラくんは海鮮弁当でした」 「桜が写真撮ったから後で見せてあげるよ」 「それは楽しみでございます」 黒塗りのレトロなデザインのロールスロイスに乗る。爽やかな香りがする車内は上品なクリーム色の革が張られており、落ち着いた雰囲気だ。 流石お坊ちゃまだなぁと感心していると、桜介はある事に気付いた。 「あの、片桐さんは今日はどちらに泊まられるんですか?」 アキラの父親の専属ドライバーとなると、勿論職場は東京で住まいも東京だろう。そして世話になるのは今日だけではない、明日も明後日もある。そうなると、夜はどうするのだろうか?ホテルをとっているのか、まさか、別荘に泊まるわけでもないだろうし… 本音を言うとアキラと二人きりで過ごしたい。誰の目も気にせず思い切り羽を伸ばしたいが、片桐が同じ別荘に泊まるのであればそれは叶わない… そんな心配をしていると、アキラは苦笑して「片桐は、」と続けた。 「実家が小田原なんだよ。だから夜は実家で過ごすんじゃないかな」 「はい。私の家は小田原で小料理屋をやっております。夜は久しぶりに両親の手伝いをするつもりです」 「あ、そ、そうだったんですか…」 はしたない心配をしてしまった。アキラと二人きりになれなかったらどうしよう、そんな気持ちが顔に出ていたのだろう。アキラは嬉しそうに微笑み、片桐から見えないように桜介の手を一瞬だけ握った。 ぎゅっと力が込められ、それはすぐに離れる。そして耳元で「大丈夫だよ」と囁かれた。 「!!!」 ああダメだ。これだけで顔が真っ赤になる。 誤魔化すためにわざとらしくシャツを引っ張り「暑いですね」と言うと、片桐が「申し訳ございません」と冷房を強めたものだから、慌てて謝った。 それを見てアキラが笑いを堪えるものだから、余計に顔が赤くなってしまった。 約三十分の道のりで着いたのは硝子の美術館。 西洋のおとぎ話に出てきそうな石造りのレトロな建物や、庭園が広がる。庭園には水路が引かれ、小さな池で楽しそうに泳ぐカルガモがいる。パール粒サイズの硝子が花のように木に咲いているガラスツリーやサンキャッチャーが、美しい庭園の至るところに飾られ、陽射しをキラキラと反射しており、本当におとぎ話の世界に紛れ込んだみたいだ。 |