熱の条件 | ナノ






大和のあるF市から少し離れたY駅で、恵桜介はボストンバッグを肩から下げている。中は着替えとお出掛け用のトートバッグに充電器やデジカメだ。
クーラーの効いた売店の中で、雑誌を立ち読みしながら前のガラスに写った自分の姿をチェックした。
もう額の瘤や頬の腫れは引いていて、綺麗な肌に戻ってほっとした。特に頬は隠しようがないのでハラハラしたのだが、意外にすんなりと腫れも痣も消えたので、もう安心だ。
今日の服装はマリンテイストあるバロンハットに、シンプルな白いベーシックシャツ。ブルーの爽やかなデニムと紺のキャンバスシューズで全体的に夏らしいマリンコーディネートにまとめた。

『久しぶりに帽子被ったけど、変じゃないかな?大丈夫だよね?』

ハットのツバ部分を摘み、角度を調整しながらうーんと唸りつつも表情は柔らかい。
にやけてしまいそうな頬や口元は締まりが無くて、にへらと歪む。そんな顔を見てダメだとキュッと口を結びながらも心はうきうきとした。

今日はアキラと箱根へ旅行に行く日なのだ。
当初の予定では母が用意したホテルに泊まるつもりだったが、三島家の別荘が箱根にあるそうで、そこで過ごす事にした。アキラの別荘ならチェックインやチェックアウトの時間を気にしなくてもいいし、別荘で好きなだけアキラとイチャイチャ出来るから嬉しい。
しかも箱根での移動はアキラの父、秋彦のドライバーをしている片桐(かたぎり)という男性が車を出してくれるらしく、正に至れり尽くせりだ。

そして今は、そのアキラとの待ち合わせ中。大和生に見つからないように大和生が居なさそうなこのY駅を選んだ。

『少し早く来すぎちゃったかな…』

何だか張り切ってて恥ずかしいな、なんて雑誌で顔を隠して一人で照れていると、ガラスを叩くコンコンという音が。
見上げると私服姿のアキラがいる。

『か、かっこいい…』

口パクで「おまたせ」と言い微笑んだ彼は、すぐに売店へと入って来た。アキラも桜介と同じようにボストンバッグを肩から下げている。私服姿の彼はカーキ色のシワ加工シャツに黒のUネックカットソー。白のクロップドパンツにドライビングシューズだ。ラフな服装ながらもラインが綺麗でよく似合っていた。
私服だといつも以上に大人っぽく見えて、胸がときめく。

「ごめんね待たせたよね。出る時泉くんに捕まっちゃってさ」
「ううん、大丈夫です。僕が早く来すぎちゃっただけなんで」
「本当に?あ、何か買う?飲み物とか欲しいよね」

アキラの額にはうっすらと汗が浮かんでいるというのに、彼はとても涼しげで爽やかで、まるで清涼飲料水のCMに出てきそうだ。
そんな彼と三日間一緒に過ごせるなんて…桜介は頬を桃色に染めながらアキラに見蕩れていると、その表情が面白かったのか、クスリと笑んで小声で

「可愛いね」

と囁き、ドリンクコーナーへとスタスタと向かって行った。

『か、かわいいって…こんな所で言わなくても…!』

余計に顔が赤くなるじゃないか!
熱くなる頬を両手で抑えている間に、アキラはスムーズに二人分のドリンクを購入するのであった。


新幹線に乗り、指定席についてすぐにアキラが手を繋いできた。二人掛けの席で桜介が窓側、アキラが通路側だ。
自然に手を重ねて握ってきたが、初めてのデートに初めての遠出というこのシチュエーションで更に手まで握られたものだから桜介は大袈裟に「ひう!」と変な叫び声を上げてしまった。