熱の条件 | ナノ






「藍津先輩はお元気ですか?」
「あ、アイツ彼女出来たぜ。ブス女」
「え、お目出度いじゃないですか。ブスなんて言ったら駄目ですよ」

世間話はとても静かで"普通"で、金曜の夜が嘘のよう。何故ずっとこんな感じで過ごしてくれないんだと静かに悲しんだりもしたが、それは表に出さずに、鷹臣の平静を保つ事に努めた。

「だぁってブスなんだって、料理は上手いみてーだけど、脚が太いんだよ。脚だけならリーチと同じくらいか?」
「女性なんですから、多少下半身がふっくらしてもいいじゃないですか。先輩は籠原先輩みたいな人が幼馴染みなので、人と感覚ずれているんですよ」
「あ、それはあるんじゃね?嗣彦、ブスとデブには厳しかったし。まあ、今もか?」
「今もですね」
「だよなー」

何気無いスムーズな会話に、少しだけほっとしながら帰宅時間を辛抱強く待った。このまま、このまま何事もなくやり過ごすんだ…
しかし、いざその時刻になると、桜介の静かだった心にさざ波が起こる。

「メグ、まだ俺のこと好きになんねーのかよ」
「……」

少ない荷物をまとめている最中に、何かが切れたようにその言葉が発せられた。おそらく、鷹臣が言わずにずっと我慢していたであろう言葉が。

「もう時間がねえんだよ。タイムリミットはあと一年八か月しかねえ。それまでに、お前に好きになってもらわねーと、俺は何すっか解んねえよ…」

語尾が震え、感情を抑えているかのように口調に抑揚がないくせに、何処か早口になっていて気味が悪い。
桜介は身構えた。

「なあ、あと何したらいいんだ?どうしたらお前は俺のもんになる?何が欲しいんだよ?何でも用意出来るんだよ、俺は」

目の焦点が何だかおかしい。何だろう、桜介を見ているように見えるが、その向こう側を見ているみたいだ。

「一年八か月って…」
「お前が高校出たら、保栖夏奈子の隠し子だって発表されんだろ?そしたら、お前はもう、俺のモンじゃなくなるじゃねぇか!!」
「っ!」

ボン!という鈍い音が立ち、その衝撃が桜介まで伝わる。
顔をしかめるように肩をすくませ、体を守るように鞄を抱いた。

鷹臣が感情のままにソファを拳で殴ったからだ。
あれだけ穏やかだったのに…いや、そう見せていただけで、心の中は今のようにずっと激しかったのだろう。

『また、そうやって暴力をふるうの…』

この光景は、初めて彼から自分の恋人になれと迫られた四年前のようで、あの時の怒りや悲しみや恐怖はまだ風化されていない。
暴力に恐怖し、言われるがままにされてしまった幼い自分を思い出してしまう。

『四年前と同じことをするの』

まだ鮮明に覚えているんだ。忘れることなんか出来ない。

「でも、俺は大阪だし、たまにしか会えねえのに、怪我させるし…最悪だ。マジ、こんなんねぇよ…もっと酷い事しちまいそうなんだよ、俺…」
「酷い事って…」

再び拳がソファを打ち、重たく鈍い音と振動が伝わる。その度に、桜介は心の中で最低だと呟いた。

「何だってするだろきっと…監禁とか、お前とのハメ撮り流したりとか…クスリでも使って何も考えられなくさせたりだって出来るぜ…」
「そ、そんなの、おかしいです」
「ああおかしいよ。クソ過ぎるし、やりたくねーよ。やるつもりもねーけど。でも、それまでにメグが手に入んねぇってなったら、多分する…な」

多分するって、やりたくないやるつもりもない、なんてちっとも思っていないじゃないか。
なんで…なんでそこまでして自分を欲しがるんだ。もっとほかにいるだろう!

「ふざけないでください!!」

とうとうキレた桜介は荷造りしたばかりの学生鞄を鷹臣へ投げつけ、肩を震わせて立ち上がり怒鳴りつけた。

「僕が、僕がどれだけ我慢していると思っているんですか!?中一の頃から今もずっと!!ず、ずっと先輩のそばにいて、好きにさせていたじゃないですか!何でまだ欲しがるんです!?何で僕なんですか!もっといい人なんて沢山います!先輩のことを好きな人なんて、いっぱい、い、いっぱいいますよ!高校時代の時間は先輩にあげますから、それが過ぎたらもう、関わらないで下さい!僕を、自由にしてください…!」

叫び声に近い声は途中裏返り、呼吸がつっかえて胸が苦しくなる。それでも止まらなくて、小さな拳を壊す勢いで鷹臣の分厚い胸を叩きつけた。

「いつまで、我慢すればいいんですか!いつになったら満足してくれるんですか!!まだ犯し足りないんですか!?まだ、僕を蹂躙したいんですか!?」

全力疾走した時のように汗が飛び出し、喉が痛い。