∴ 3 「まさとくんは、しなきゃいけないことをちゃんと解ってるよね?」 「…はい、謝らないと…許してもらえるとは思わないけど」 「うん、それでもちゃんと、ごめんなさいはしようね」 「します。傷付けたんだから…」 「そうだね。まさとくんはいい子だね」 その細い手がゆっくりと撫でるように動いた。いい子いい子と頭を撫でるように左手を擦られ、直人は堪らなくなる。涙が出そうになる。 こういう慈しみは今まで味わった事がない。 母親からの愛情は、とうに枯渇していたのだ。 ……いや、そうではない。直人に対して困惑してはいたが、しっかりと親としての愛情は持っていた。ただ、それが直人が望む形になっていなかっただけだった。 代わりに、この幾森花織という男が直人の欲しい愛情を与えてくれている。まるで聖マリアンナのような、底がない慈愛に溢れている。 「まさとくんは、そのお友達が大好きなんだね。だから、とっても悲しいのかな」 「そ、です…」 「それなら、ちゃんとお薬のんで元気になって、明日、お友達のところに行こうね。お粥は全部食べられる?」 「っす…」 「うん、えらい」 小さい子供にするように、花織は最後に直人の頭をぽんぽんとして、自分の位置に戻っていく。 触れられた部分から、言いようのない感動が体中を走って行った。 彼が桜介に似ている?そんなことはない、全然似ていないじゃないか。 恵桜介は月光のように静かで、寂しい存在だ。どこか憂いを帯びていて、それがより美しく禁忌的で、強く直人を惹きつけた。 守ってやりたいと思わせたり、認めさせたいと思わせたり、笑顔を見せたいと思わせたり…男の使命感をこれでもかと刺激するのが恵桜介だ。 花織もそんなタイプの人間かと思ったが、彼は全然違う。見た目だけなら、桜介のような月光の輝きを持っているが、彼は何でも受け入れるおおらかな草原のような人間だ。 どこまでも広く、どこまでも穏やかで、そして何もかもを受け入れてくれる。そんな強さを感じる。 慈しみに満ちている。穏やかな風に包まれている。桜介よりも生命力が漲っていて、瑞々しい。 『こんな人、居るんだ。僕の周りこんな穏やかな人は恵くんくらいしかいなかったな…しかもその恵くんとは似ているようで全然違うし』 不思議だ。 直人はまるで子供に戻ったかのように素直にお粥を完食し、解熱剤を飲んで布団に横になった。自然と花織のスペースを作り、彼を布団に招き入れる。 そして、自分よりも背が低いというのに、彼の胸に顔をうずめて眠りについた。 他人がこんなに近くにいるのに、驚くほどすんなり熟睡したのだった。 |