熱の条件 | ナノ






それは流石にこじつけにしか思えない。
気に入らないからといって、親の職にまで手を出せるわけがないし、そんな簡単にいくわけもない。
アキラは無理がある、と言うように苦笑して見せた。
だが、鐐平は面食らったような顔をし、その後、怪訝そうにアキラを見つめてきた。

「三島くん、知らないのか?」
「何が?」
「白河先輩は、この学校の理事長の息子であり、大和グループの一族なんだよ」


***


「取り敢えず、そういうことだから気を付けて」

そう言うと、鐐平は部屋を出て行った。
アキラは腰をかけていたダンボールから片付けることにし、ガムテープで塞がれている口を剥がし、中から出てきた本を取り出す。
右側の洋室を使うことにして、備え付けの本棚に文庫本を並べて行く。


大和グループの事は−−知っている。
幾つも企業を立ち上げ、ホテル業や医療にまで手を出し、こうして進学校まで築いた大手グループだ。
大和の会長の孫が、その白河先輩であることは、アキラは知っていた。

『裏校則、ね。…これは知らなかったな。今月出来たんなら無理もないだろうけど』

−ふざけた事してんじゃねぇか。
眼鏡の奥の瞳は、怒りにギラギラと燃える。
険しい目付きで目の前に居ない男を睨み、その拳を震わせた。


アキラは、恵桜介と白河鷹臣(しらかわたかおみ)を知っている。
そして、アキラは恵桜介を手に入れる為に、この学校へ来たのだ。


事の始まりは、もしかしたら十年以上前になるのだろうか。

当時、家庭の事情で一人になりがちだった幼いアキラを、可愛がってくれたお兄さんがいた。
年は高校生くらいで、名前は解らない。だが、コウくんというあだ名があり、アキラはそう呼んでいた気がする。
コウくんはいつもご飯を用意してくれて、アキラの空腹を満たしてくれた。
常に笑顔で、優しくて面倒見のいいコウくん。
一人でいるアキラの寂しさを埋めてくれるお兄さんは、今にして思えば初恋の相手だったのかもしれない。

「ほら、ここ溢れてるぞ。スプーン持つときは、こう持て?」
「コウくん、わかりましたー」

なんてやり取りをした思い出の色は儚く淡い。あまりに小さい頃だった為に、もう大分掠れてしまっている。
程なくして引っ越してからは、そのコウくんには会えず、それから一人で寂しい思いをする事が無くなった為、次第に彼の事は忘れていった。
新しい地で出来た友達と遊ぶのに夢中になっていたせいだろう。小学校に上がる頃には、完全に忘れてしまっていたかもしれない。

しかし見付けたのだ。コウくんにそっくりな少年を。

それが恵桜介だったのである。

去年の七月。アキラがまだ前の学校、鳳学園に通っている高校一年生の頃だ。
出会いは一方的なものだった。
「〇〇ってお店のいちごのマカロンが美味しそうだったの。白いちごを使っててとても甘いんだってー。珍しいよね、白いちご!」なんて、当時付き合っていた女の子の言葉を思い出し、彼女の為に電車で二時間もかけ、他県の街にやってきた。
随分田舎だろうと予想していたが、駅の周りにはファッションビルや映画館、デパートやショッピングモール、賑やかな商店街…と、思っていたより栄えている。
でも、少し視点を変えれば山ばかりで、山に囲まれた田舎というのにはかわりなかった。

目当ての洋菓子店が入っているビルに入り、その白いちごのマカロンを購入する。焼き菓子だから大丈夫だろうが、念の為、保冷剤を多めにもらっておいた。
こんなに保冷剤は貰えるものなのだろうか、と怪訝に思うくらいの量だったが、レジを担当している女性店員を見ると、明らかに自分を意識している。
単純にアキラが彼女の好みだったようで、サービスをしてもらっただけだった。

「ありがとうございます」
「は、はいっ」

だからこちらもお礼に、と思い切り愛想良い笑顔を見せ、お釣りを渡してきた手を握ってやった。
店員の顔から雌の顔になり、頬を赤らめる姿に、心の中で「彼女いるからごめん」と、舌を出し、洋菓子店を出る。
これだけの為に都会から田舎へ出向いたのだから、もう少しブラブラしよう。
そう思ったアキラは、ショッピングモールへ向かった。

因みに当時のアキラは、今と正反対のビジュアルだった。
今はアンダーリムの黒縁眼鏡をかけ、髪色は黒に近いダークブラウン。耳が出るくらいの長さで、横に軽く流す程度のナチュラルなセットにしている。ワックスを付けすぎず、サラサラ感を残した上品なヘアスタイルだ。
私服も気合を入れず、ラインが綺麗なシンプルなものだけにし、アクセサリーは付けない。